ロン毛

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新聞の勧誘がしつこい。仕事終わりで一息ついて、くつろぎながらTVなんかを見ているときに限ってやって来る。が、実は敵はこれだけではない。隣室のロン毛、このプロのミュージシャン志望のアホが、突然ギターをかき鳴らしたりするのである。その騒音の件で、以前モメた。奴も少しは理解を示したものの、完全に収まった訳ではない。今日も疲れて早々に寝床に入ると、また、始まった。 しかしながら、その音色が今日に限ってはやけにもの悲しい。何故だろう、イライラしない。悔しいかな、あろうことか琴線に触れてしまいそうである。本当にあのロン毛が弾いているのだろうか。それとも、別の人間の手によるものなのだろうか・・・ 翌朝、ロン毛とバッタリ出くわしたので、昨夜の疑問をぶつけてみた。するとどこか沈んで見えたロン毛の表情に、みるみると生気が甦っていき、 「マ、マジっすか」 「うん」 「俺、昨日、かなりの覚悟で臨んだオーディションに、見事落ちたんすよ。その落ち込んだブルーな気分で、何気なく、弦を弾いてみたんです」 「あっ、そうなの」 そっけない、無関心な気分を装ってみたが、正直なところ、夢を追って人生を主体的に生きているコイツが、ちょっぴりだけ羨ましい。モメた原因の一つに、嫉妬が含まれていたことは否定しない。そのロン毛、見れば嬉しいそうに、ガッツポーズをとっている。 「やったぁ、分かった様な気がしますよ、プレイに自分の感情を乗せる方法が。よし、もしかすると、これで次こそいけるかもしれない・・・」 その日を境に、隣室から聞こえてくる音色に対し、遠慮なく、忌憚のない自分の印象をぶつける様になった。それにロン毛も、真剣に耳を傾けてくれる。そしていつしか自分も無意識の内に、彼の夢に間接的に参加している様な気持ちになっていった。
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