接触

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 いつのまにか裸の娘はいなくなり、ボーイの後ろにはクロークの男がのっそりと立っていた。 「いやあ。それはちょっと・・・」おれは恐怖におびえる哀れなサラリーマンを演じ続けた。「これって、インチキじゃないですか。こんなに払えませんよ」 「お客さん、それじゃうちも困るんだよ」  ボーイの態度が高圧的になった。 「警察に行きます」 「はあ!? さんざ飲み食いして、女の子といちゃついて、カネを払わないつもりかよ。、オラ、オッサン、ざけんなよ」  凄んでいる。  おれは挑発する言葉を探しながら、相手と間合いを図り、背後にも警戒する。テーブルの上には飲み残しのウーロン茶のグラス、ビール壜、オードブルのでかい皿がある。テーブルは小さく容易に持ち上げられそうだ。足元には衣類とつま先の固い靴が詰め込まれたカバンもあった。 「すいません、カネはないです。あと一万円しかないんで、これで勘弁してもらえませんか」 「あほか、おまえ。無銭飲食やど。む、せ、ん、いん、しょ、く!」  ボーイはおれの頭をはたいた。  おれは大袈裟によろめいてみせながら、左腕の指先をカバンの取っ手にからませた。照明が暗いからおれ動きはわからないだろう。 「おお、いい加減しろや、おっさん! カネがないなら、サラ金でもどこでもいってカネ作って来るんだよ、このぼけえ!」 「ひい、すいません」  おれが財布をとりだすと、ボーイの手がさっと伸びてひったくった。 「あの、困ります、返してください!」  立ち上がろうとすると、ボーイの背後にいた男が金属バットでぐいとおれを押し戻した。そいつは、思ったよりでかい体格をしており、まるで狂暴なゴリラが歯茎をむきだしにしたような顔をしていた。  ひいい。  おれは哀れなうめき声を漏らしながらぺたんと腰をおろした。  茶番はここらで終わりにしよう。 「ここは、ぼったくりセクキャバだな、お灸をすえてやるぜ」  おれは、飲み残しのウーロン茶をグラスごとゴリラ野郎の顔面に、いきなり投げつけてやった。不意を突かれて怯んだすきを狙って、ビール瓶でゴリラ野郎の額を叩き割り、同時にテーブルをひっくりかえした。がしゃん、がしゃんと派手な音が響く。ボーイが呆気にとられた顔をしたが、「やろう!」とつかみかかってきた。おれはカバンをボーイの首をめがけて振り回した。ボーイは見事にカバンをガードしたが、それがフェイントだとは知らなかっただろう。おれはバックステップを踏みながらボーイの睾丸を蹴り上げた。  ぐへえ。  ボーイは両手で股間を抑えながら崩れ落ちた。  頭を血だらけにしたゴリラ野郎が金属バットを振り上げて向かってきた。金まともに食らったら、間違いなく頭蓋骨が粉砕され脳漿が飛び散る。おれは椅子をゴリラ野郎の脛を狙って投げた。固い椅子の脚が男の脛にからみつくように命中した。ゴリラ野郎はバットをギャッとうめいてうずくまった。  おれは落ちていたオードブル用のフォークを拾い、股間を抑えて苦悶しているボーイの髪の毛をつかんで、首を持ち上げた。フォークの先端をボーイの左目に近づけた。 「動いたら目玉をくり貫く」 「てめえ、ぶっ殺す!」  ボーイがわめいた。 「ガチだ」おれはフォークの先端を左眼球の下に食い込ませた。「動くとホントに失明するぞ」 「くそお、わかったよ、わかった。カネはいらねえから出ていきやがれ!」  ボーイは憎々しげに怒鳴った。  ゴリラ野郎は額に突き刺さったガラス片を抜き始めた。血があふれて目のあたりを滝のように覆っていた。  そのとき、店内の照明が明るくなり、入り口のあたりが騒がしくなった。  仲間が応援に来たようだ。女の子の甲高い声が聞こえた。 「あいつよ、あいつ!」  おれは床に転がった金属バットを拾った。  連中の武器はナイフ、棍棒、金属バットくらいだろう。(チャカ)だと厄介だが・・・  おれはボーイを立たせ、盾になってもらうことにした。  
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