セーフワード

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セーフワード

 ドサッ  その音と、身体に伝わった振動で、我に返った。  一瞬、何が起きたのか分からなかった。  目の前には、裸の海老沢が目をつぶって倒れている。仰向けの身体からは完全に力が抜けて、だらりとした手首がベッドの端から垂れていた。 「海老……沢……?」  鼓動が早くなる。  自分の両手に、さっきまで触れていた海老沢の首の熱が残っていて、その生々しさにゾッとした。  ーー絞め落とした……!!  オレは腹の底から恐ろしくなって、震える手を海老沢の胸に置いた。触れたそこは温かくて、その熱が失われるかもしれないという恐怖に、余計に背筋が冷たくなった。  上半身の体重をかけて、グッと胸を押す。マットレスに押し付けられた反動で、海老沢の身体が大きく跳ねる。2度、3度と押しても、海老沢は目を覚まさなかった。  カチカチと鳴る歯をギッと噛み締めて、両手で海老沢の足首をそれぞれ掴んだ。  そのときに、つぽん、と抜ける感触があって、オレのがまだ海老沢に入ったままだったことに気がついた。  掴んだ足首を持ち上げると、海老沢のがふるん、と揺れる。ピンクの孔から、さっき入れたローションがとろりと垂れた。でも、さすがのオレでも興奮するどころじゃない。  脚を支えて腕を上げたまま、永遠とも思える時間を祈るように待った。念のためにと事前に調べておいた蘇生法とはいえ、これで正しいのかなんてまるで自信がない。  意識を失ったままの海老沢に不安になり、柔道部の秋山に電話しようかと、目で携帯を探し始めたとき。上げた脚から血液が脳に回り、海老沢がゆっくりと目を開けた。 「……海老沢ぁ……」  その黒い瞳を見て、オレは全身の空気を全て吐き出すような、安堵の息をついた。  うつろに天井を見上げる海老沢の目が、覗きこむオレを映す。 「……お前、イけなかった……?」  目を覚ましたばかりの海老沢にそう気遣われて、泣きそうになった。 *****  情報源は、またしても柳瀬だった。  首を絞められ、落ちる寸前のところが、ものすごい快感らしい、と昼休みに話し始めたのだ。  柔道部に所属している秋山は、眉をひそめた。 「それは……勧められないな。下手するとそのまま死ぬだろ」 「またまたぁ、そのまま死ぬような危ないことなら、柔道から絞め技なんか消えてなくなってるはずだろ?」 「絞め落としても、ちゃんと蘇生してやれる人間がいるからできることだ。そりゃあ、絞め続けなきゃ死ぬことはないだろうけど……」 「だろ? 要は落ちる寸前で止めてやればいいんだよ。癖になっちゃって、やめらんない女も、結構いるみたいだぜ? しかもぉ……」 なぜか柳瀬はここで、声を落とした。 「落ちる寸前、すげえ締まるってさ……」  誓って言うけど、この、最後の言葉に惹かれたわけじゃない。普段だって海老沢の中は充分気持ちよくて、別にオレはそれ以上望んでない。
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