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オレは壁にもたれさせて、海老沢を座らせた。ベッドに投げ出した脚と腰に、タオルケットをかけてやる。まだ放心状態なのか、海老沢は人形のように、されるがままだった。
「寒くないか?」
そう聞くと、無表情のままコクリとうなずく。その首の両側が、オレのしたことを思い知らせるように赤くなっていた。
オレはパンツだけ履いて、海老沢の向かいにあぐらをかいた。
「ごめん。……悪かった、やりすぎた」
もちろんそれは本心だ。ここまでするつもりはなかった。オレが悪かった。
でも。
理不尽とは分かっていても、オレの中には、海老沢を責める気持ちが渦巻いていた。
「怖かっただろ?」
そう言って目を合わせると、海老沢はわずかに顎を引いた。
「じゃあ、なんで……」
言うな、勝手な言い分だ、と思うのに、さっき感じた恐怖で昂ぶった感情が抑えられない。
「なんでセーフワード言わなかった!?」
オレが絞めたのは頸動脈だ。気道を塞いだわけじゃない。だから声は、出せたはずなんだ。
オレが暴走した時のためのセーフワードだ。怖いと思ったなら止めてくれれば、絞め落とす前にやめられたはずなのに。
海老沢は、目を伏せたままで、静かに言った。
「俺はSubじゃない」
「……は?」
「俺はSubじゃないから、セーフワードを言っても、効力がない」
「何……言ってんだよ……」
オレは混乱していた。興奮もしていた。
お前がSubじゃなくても、Dom相手なら、セーフワードはちゃんと効くから大丈夫だよ、そう、言えればよかったのに。
「お前は、Subだよ……」
そんなに、オレのSubになるのが嫌なのかよって、頭にきたんだ。
自覚がないのもいい加減にしろ!
そんな理不尽な怒りと、一方的な想いが受け入れられない悲しさで、オレはキレた。
「Subだからオレが言ったことに逆らえないんだよ! Subだから、あんなことされても、イイって思えるんだよ! それか、お前は誰にでもあんなことさせんのかよ?!」
「誰にでもって、……そんなわけねぇだろ!?」
「じゃあ何なんだよ!? Subでもねぇのにあんなんでよがって、そんじゃあお前の方がよっぽど変態じゃねぇか!!」
一息に言って、自分の失言にハッとした。
海老沢は、俯いている。どんな顔をしているのかが分からない。
ただ、節が白く浮き上がるほど、強く拳を握りしめていた。
海老沢は無言でタオルケットを剥がすと、オレが脱がせた服を拾って身支度を整えた。荒っぽくもなく、淡々と。
ベッドの上に取り残されたオレは、自分のしでかしたことへの後悔に縛られたように、動けなかった。
「もう、しない……」
ギリギリ聞き取れる大きさの、海老沢の声。
ドアを開け、階段を降りる足音が、振り向くこともできないオレの耳に、暗く響いた。
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