ドロップ

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 目が覚めたとき、俺は中川さんと二人きりだった。 「あれ……?」  見回すと、景色は変わってない。同じカラオケルームだけど、いつの間にか大村たちはいなくて。  隣で携帯を見てた中川さんが、上からにっこりと笑った。 「おはよう」  ベンチシートで横になってた俺は、まさか朝まで寝てしまったのかと思って慌てて時計を見た。 針が差しているのは、10時過ぎ。  え、どっちの……? 「2時間近く寝てたよ。星那くん、酒飲み慣れてないんだね」  よかった。朝まで寝てたわけじゃなかった。  うちは放任主義ってわけじゃない普通の家だから、無断外泊なんかしたら、後で説教くらうに決まってる。金曜日だから学校の心配はないけど、日付けが変わる前には帰りたい。 「すみません。俺、帰らないと……」  身体を起こすと、中川さんの腕が伸びてきて、ギュッと俺の耳を引っ張った。 「……っ!?」  驚いて目を上げると、中川さんはさっきまでと変わらずにこにこと笑っている。その顔のまま、引っ張っている耳に爪を立てて、強引に俺の身体を引き寄せた。 「しつけの悪い子だね。寝てる君につきあってあげた僕に、どの口が帰るとか言えるのかな?」  息がかかるほどの距離で、中川さんが言う。その顔はホントに、楽しそうで。両端の上がった唇が、そのままの形で言葉を発した。 「(ひざまず)け」  温度を感じさせない硬質な「命令」に、俺の身体がビクッと震えた。内腿と腰が、ブルブルする。俺はベンチに座ったまま、動けなかった。 「そこじゃないだろう? なんで僕と同じ高さの所に座ってる? 跪けって言ったの、聞こえなかったかな?」  耳に食い込む爪に、強く力が込められる。  楽しそうに細められた目に、じっと覗き込まれた。 「跪け」  中川さんの手が耳を離して、俺の頭を(はた)いた。  怖い。  笑っている人が、こんなに怖いなんて、知らなかった。  俺は中川さんが指で指示した足元に、ぺたんと座った。  帰りたい。  帰りたいけど、このまま帰してもらえるわけじゃないことは、分かる。  何をしたら、帰してもらえる……?  俺は次の指示を待って、中川さんの膝の間から、その笑顔を見上げた。  満足そうに目を細めた中川さんが、腕を伸ばして来る。また叩かれると思って身構えたら、ふわっと頭を撫でられた。 「いい子だね、星那」  ……嬉しくない。  ひどく怖い。  なのに、身体の奥から甘い快感が脳に駆け上がる。  褒められたことにホッとして、身体の力が抜けた。  カチャ、と音がして。  俺の頭から離れた手が、目の前にあるベルトを外し始めた。ごく自然な手つきで、中川さんが自分のズボンのジッパーを下ろす。  何……?  え……何……?  何をさせられるのか、予想できることが怖かった。  恐怖で歯が、カタカタと鳴った。  逃げたい。  走って逃げたい。  ここはカラオケルームだし、鍵がかかってるわけじゃない。縛られてるわけでもない。  だからその気になれば、逃げられるはずなのに。  脚にも腰にも、全く力が入らない。  なんでだよ……?  わからない。本気でわからない。  でも、中川さんがいいって言うまで、俺はここから逃げられない。  それだけは強く、本能で、感じた。 「ご褒美だよ」  鼻先に突きつけられたそれは、凶器だとさえ思うのに。絶対に嫌だと思うのに。 「口を開けなさい、星那」  どうしても逆らえないその「命令」に、下顎が勝手に、下がった。
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