軌跡なしの奇跡

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彼女は、優しい人だ。 彼女と交際する前、俺はカノジョのことを話していた。 「もし私で…あなたのぽっかり空いた穴を埋められるのなら、付き合わない?」 カノジョの話をしたことを、少し後悔した。 しかし、俺がカノジョのことを想い続けることは、変わらなかった。 彼女と、いろいろな所へ行った。 彼女を横に乗せて。 彼女と2台でドライブして。 彼女と並んで歩いて。 その時俺は、横に座るカノジョを想像し、後ろを運転するカノジョを想像し、横を歩くカノジョを想像した。 最低な男だ。 付き合い始めてから、2台で夜な夜な峠をかっ飛ばすことが増えた。 もともとお互いに、1人で走ってはいたから、そうなるのも必然と言えばそうだったのかもしれない。 振られてやさぐれた俺は、そんな走り屋まがいな事をしてしまうくらい、命を大切に思えなかったのだろう。 しかし、彼女の就活が忙しくなると、彼女と走ることもなくなり、俺の就活が始まった翌年には、1人ですら全く走らなくなった。 今日、また久しぶりに2人で走ろうということになった。 俺が行きたかった企業に就職が決まり、やっと2人で集まれるようになったのだ。 久しぶりに走っても、感覚はすぐに取り戻した。 ハンドルを握って、カノジョを想う。 カノジョも、就職が決まっただろうか。 看護の専門学校に進んだカノジョは、きっと看護師になっただろう。 幸せになって欲しい。 本気で、そう思えた。 就職しても、たまの休みは彼女と峠を走った。 どこか遊びに行くことより、2人で走ることの方が多かった。 仕事にも慣れ、徐々に生活にも余裕が出始めると、彼女との同棲も考え始めた。 カノジョも今頃、そんな時期かな。 でも構わない。 カノジョにとって、俺はただの通過点でしかなかった。 それも、見向きもしないで過ぎていくような。 それでいんだ。 カノジョのことが好きだから、これ以上、求めない。 カノジョが俺のことを気にしないのなら、俺は離れるしかないんだ。 その覚悟が、頭の片隅で、ほんの少し出来たような気がした。
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