軌跡なしの奇跡

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今日も彼女と集まって、峠を走る。 露でミニが濡れている。 窓をざっと拭いて、彼女と落ち合って峠へ向かった。 下見も兼ねて、ゆっくりと登る。 少し休んで、いよいよ下り。 後ろをついてくる彼女の運転は、最近になってまた上手くなっているように感じる。 先の見えないカーブ。 ふと前のタイヤに違和感を感じた。 その違和感を違和感と感じた時には、もう車が滑り出していた。 …一瞬濡れているようにしか見えない、ブラックアイスバーンである。 俺はとっさに方向を変え、なんとかどこにもぶつからず車を止めた。 しかし、後ろにいた彼女は──── カメラも、目撃者も、何もない過疎った道だったことは助かった。 警察とのゴタゴタは避けられる。 でも救急車が来るのに15分も待たされるなんて。 ガードレールに正面から突っ込んだ彼女は、エアバックの無いハンドルに頭を強く打ち付け、流血し、意識を失っていた。 事故ったミニを任せて、急いで搬送先の病院へ向かった。 集中治療室から出てきた医者は、表情も変えずに言った。 「一命は取り留めましたが、しばらくは油断できません。順調に行けば、意識は戻る可能性もあります。ですが、なんらかの障害が残る可能性もあります。記憶がなくなっていたり、体が動かせなくなったり。覚悟はしておいてください」 「…はい、分かりました」 入れ替わりで、看護師がやってきた。 「お疲れ様です。容態が安定するまで、院内で…」 懐かしい声──────── 振り向くと、そこには──── 「……あっ…」 「…久しぶり」 カノジョがいた。 卒業してから、全く会わなかったカノジョが。 「き、今日は…院内で泊まる?」 「…う、うん。そうさせてもらうよ」 後ろを他の看護師が通る。 「かしこまりました。お部屋のご案内をさせていただきます」 事務的な態度に変わり、前を歩く姿に肩を落としかけた時、カノジョが歩くスピードを落として横に並んできた。 「話したいことが山ほどある…」 「俺もだ」 俺は頭で考える前に答えていた。 「今日は2時上がりなんだけど…もし時間あったら、お茶でも…」 「分かった。どこにいればいい?」 「ロビーにいて」 事故が起きてから、初めてもう日付が変わっていることに気づいた。
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