軌跡なしの奇跡

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約束の時間まで1時間もあった。 俺はその時間を、彼女のそばで過ごすことにした。 容態は安定してきていて、目が覚めるのも時間の問題だろうと言われ、ほっと息をついた。 まだ20分あったが、ロビーで待つことにした。 「おまたせ」 私服に着替えたカノジョは、高校時代と変わらない雰囲気があった。 少しだけ落ち着き、低くなった声も、また魅力的になっていた。 「どうする?」 「夕飯は食べたの?」 「あっ…。そういえば、食べてねぇや」 「私もなの。24時間やってるレストラン知ってるから、そこに行かない?」 「了解。車出すよ。」 夢にまで見た、ミニの助手席に座るカノジョ。 乗り心地の悪さも、楽しいね、と言って笑うのだった。 カノジョの案内でついたレストランは、やたら洒落た店だった。 カノジョは、いい?と聞いてから、ワインを頼んだ。 もちろん俺は飲まないが、カノジョもアルコールを体内に収めるのか、と驚いた。 高校時代、お酒なんて飲まないよ...と煙たがっていたカノジョが、ワインを頼むなんて。 それほど、これから話すことに勢いが必要なのか、俺らが単に大人になっただけなのか。 真意は分からないが、少しづつ心拍数が上がっていったのはカノジョと一緒にいるためだけではない。 メインを頼み、グラスを打つと、カノジョが口を開いた。 「彼女さん、容態は安定してきたみたい。意識が戻るのも、時間の問題みたいだよ」 「良かった」 「でも…脳に障害が残っている可能性がかなり高いの。記憶がなくなっているかもしれない」 「すべて?」 「一部だろう、とは思うのだけれど、確かなことは言えない…」 「俺は今…彼女が俺を忘れてくれたらなんて思ってしまっている」 「そんな…」 「こんなタイミングで…出逢ってしまうなんて…」 「あなたもなんだ…」 「…?」
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