前日譚

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前日譚

  プロローグ  ある日、人類はその長かった活動を終えた。産業革命以降続いた文明が、その日終わったのである。そして今新たな文明の種子が地に落とされた。かつて人類と呼ばれた彼らは、最低限のエネルギーのみを使って生き延びる事を選択し、種の寿命を延ばそうとした。  地球はもう生命の生活できる環境ではなかったが、彼らは生き延びた。彼らは思考のみを生き延びさせ、自分たちの作り出した世界へと逃げ延びることでその生命をつないだ。  はたしてそれが生命と呼べるのかは彼らにとっても疑問だった。   1  肉体を持っていた最後の世代である私は、正直なところ肉体を失うという事を好ましくは思えなかった。いくら味覚や視覚をデータ上で再現できるとはいえ……、祖先が長い間住んでいたこの家を手放すというのは、何か悪いようなことをしているように思えたのである。  だが、これが最善の選択だったことは確かだった。地球はすでに寿命を迎えつつある。環境改善のためのバクテリアが修復を完了するためには長い時間がかかるだろう。  それまではこの虚構の世界で、精神的な快楽と進歩を追求すること。それが私の今できる最も生産的な行動だった。     
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