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別れ際、家の荷物どうしようって、あんまりにも情けない顔して聞いてくるから。
捨ててって、言って笑った。
我ながら、固く貼り付けたような笑顔だと、思いながら。
必死に笑った。
それを見て、悠介も小さく笑う。
「美波は、別れたくないって言ったりしないと思ってた。 当たったよな」
何故だか責めるような最後の言葉に、私の口は何も返さなかった。
返さなかったけど、思う。
泣きつけば、よかったっていうのか?
そうすれば幸せになれるとでも?
……バカみたいだ。
そのまま帰る気にもなれず、駅周辺の飲み屋を探す。
疲れた、今日は、色々心底疲れた。
だからといって誰かに話を聞いてもらいたくない。出てくるのは泣き言ばっかりだろう。
そんな自分を、見せてしまえば一気に崩れ去る自信だけはあるもんだから。
絶対に、誰にも会いたくない。
そんな思いを乗せて早足に歩いていると、ドン!っと右肩に衝撃を受け、横を見る。
「ねえ、疲れてるみたいだしこのままホテル行ってから飲む~?」
猫撫で声の美女が男の腰に手を回して、大きく開いた胸元を、グイグイ押し付けてる。
イチャつくならよそでやってほしい。
ぶつかった事にも気付いてなさそうだし、そのまま通り過ぎた私の背後から、呼び止める声。
「……石川?」
ほんの、数時間前まで聞いていた。
毎日聞きなれた、声。
思わず、振り返る。
自分がどんな顔をしてるかなんて、なんにも考えないで。
考える、余裕もなく。
「…………高瀬さん」
「何してんだよ、男は?」
「聞きますか? それ。 ほっといてください。 高瀬さんは相変わらずお盛んで何よりですね」
ヤバい。
マジで、嫌だ。
今会いたくない人の中でもかなりの上位に君臨する、高瀬さんに何故、今。
踵を返した私の手を掴み、何やら珍しく焦った高瀬さんの声。
「待てってば、とりあえず1人なんだな?」
「そうですけど、なんですか」
淡々と返す私に呆れたのか、ため息をついて掴んでいた手を離す。
「それじゃ……」
「ああ、悪い。 気が変わった、また今度にしてもらえる?」
美女にシレッと告げた高瀬さんが再び私の手を取り歩き出す。
不満げな声が聞こえてくるけど、見向きもしない男。
不誠実そうで、今の私の心をいかにも抉ってきそうな男。
なのに、手を振りほどけない。
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