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「……え?」
「いや。まあ前置きとして俺はフラれたことないからわかんねーけどな」
「何ですかそれ、嫌味?」
かもな、って吹き出しながら言う。
「好きな男に振られたんなら泣けばいいだろ。 俺がフった女も目の前でギャーギャー泣いてたし」
「安定のクズですね」
私のツッコミに、コホン! と、わざとらしい咳払いをして、でも言った。
「俺は別に見てねぇし、もし見ても酒のせいだと思ってる」
「……ははは、なんですか、それ、、変なの」
笑いながら泣きだした私を、どうするもなく。
本当にただ黙って目の前にいた。
時折聞こえる、高瀬さんがビールを飲み下す音と息遣い。
「私、最後まで素直になれませんでした」
「……はあ? んなもん、お前が素直だったら気持ち悪りぃだろ」
唐突に口にする言葉を、その都度ただ拾うから。
「お前は、別れたくないなんて言わないと思ってたよって」
「ふーん、まあ、俺も去るもん追ったことねぇな」
荒んだ心の、真っ黒な部分を掬い取られていくような、不思議な感覚になる。
「行かないでって縋りつける女だったら、なんか、かわったんですかねぇ……」
「そうなりゃ、そもそもお前じゃない気もするけどな」
いつもの、言い合ってる時みたいにテンポ良く言葉が返ってくるけれど。
今日の声色は、優しいから。
もう、嫌だ。
「ぅ、ふ……、ぅえ、っ」
何とか押し殺そうとするも、ついに小さく嗚咽をあげ涙が流れ出してしまう。
ポタポタとテーブルに、雫が落ちて、跳ねて。
私と正反対の穏やかな人。
素直になりきれない私のかわりに愛を囁き続けてくれた人。
もっと、私が大人だったなら違う未来があったかもしれない。
そう思ってしまう後悔を、この涙で流してしまいたい、衝動。
――高瀬さんが何も言ってくれないから涙が止まらないじゃないですか!
って、途中怒った声を上げてみたら楽しそうな笑い声が応えてくれた。
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