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「このお店はよく来るんですか?」
気がすむまで泣いて、今、信じられないほどにハッキリとした視界で目の前の高瀬さんを見てた。
「いや、同期と来るくらいだな。 さすがに女は連れてこねぇ」
「目の前にいるのは女ですが」
間違いねぇ、って笑う。
仕事中の意地悪な笑みとは、ちょっと違う。幼さの残る笑顔というか。
「同期ってことは奥田さん? と吉川さんくらいしか思いつかないですけど」
高瀬さんの同期で私がわかるのは、同じ関東支店にいる奥田さんと吉川さん。
吉川さんは、言わずもがな。同じ営業事務の大好きな先輩。
奥田さんは、高瀬さんとは真逆の物腰柔らかく色素も全体的に薄目の、いかにも王子様的な風貌で密かに女子社員の人気者なのだ。
「そうか、お前の中で吉川は男か」
「ち、違います! 名前を挙げただけです!」
私が慌てると、また楽しそうに笑う。
高瀬さんは、こんな風に笑う人だったのか。
なんか会社で見る姿とは、やっぱ少し違って見えて。
「大学ん時バイトしてたんだよ、この店で」
「……ああ、だから大将さんと仲良さげだったんだ」
「まあな、働き出してからもちょくちょく来てるから……っと」
突然会話を区切って時計を見る。
首を傾げていると、
「お前終電は」
「……え!? ちょっと待ってもうそんな時間ですか!?」
「23時50分」
答えた高瀬さんが私の手首、についている腕時計をコンコン、と爪先で突く。
「うち、地下鉄なんで、あ、あと5分!?」
慌てて立ち上がり財布を取り出し、とりあえず一万円札をテーブルに置く。
「今日はすみませんでした! あの、足りなかったら教えて下さい、あとお詫びは後日!」
「お、おい、ちょ……!」
呼び止める高瀬さんを遮って急いで靴を履き店を飛び出す。
終電を逃すまいと焦る気持ち半分、
高瀬さんの前で晒した醜態を急に実感してしまい、いたたまれなくなった気持ち半分。
「ぎゃ……!!」
走り出して数秒。
女らしさのかけらもない声が出る。
人にぶつかってしまったみたいだ。
「す、すみません」
「ああ? 何だ姉ちゃん1人か? 俺らと一緒に飲み直すかぁ?」
なんだそのナンパの仕方!
とか、まわりから笑い声があがってる。
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