番外編

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石川がキッパリ言い切ると、また、悠介は情けなく目を潤ませた。 「……美波は、その人の前だとしっかりしてないんだってね、強くもなくて」 「……ん?」 「悔しいなぁ。俺はいつも頼りっぱなしだったね、最後も」 空を見上げながら後悔を噛みしめるように呟いた悠介が、ゆっくりと俺の方を向いて、近づいてくる。 そして、耳打ちした。 あいつには聞こえないだろう大きさの声で。 「そうそう、彼氏さん」 なんでこっち? と、疑問だらけの中、悠介はマイペースに耳元で声を発し続ける。 「美波って、最初の頃は照れてしなかったけど。あれで意外と積極的なんですよ」 「あ? 何の話だよ」 凄んだ俺と少し距離をとり、悠介はニヤリと笑みを作る。そして、恐らく。敢えてゆっくりと言った。 「自分から上に乗ってするのが好きみたいですよ」 何を、と。聞く度胸を、今俺は持ってない。 「あ、夜の話ですよ、わかってると思いますけど」 「聞かされて、俺にどうしろって?」 ピクピクと眉を引き攣らせて答えると、更に笑みを深める。 「ちょっとした仕返しです、どうぞ存分に妬いててください」 「おい、ちょっと待て」 引き止めるように呼びかけて、睨みつけると。やはり愉快そうに口元に微笑みを浮かべ続けている。 なるほどな、そりゃ、ひ弱なだけでこいつの男なんて何年もやってられるかってもんだな。 「じゃ、お幸せに」 妙に納得しながらも、真っ直ぐに受け取れない祝福の捨て台詞。 「コソコソ、な、何話してたんですか!?」 隣で石川が心配そうに聞いてくるけど、ちょっと待ってろ、それどころじゃねぇぞ。 「くっそが、上等だ、あのヤロー」 「え? なに、悠介のこと? なにごと?」 あわあわと、と。 チャリでゆっくり走り去る悠介と俺を交互に見る。 俺は、そんな石川を横目に言った。 自分に言い聞かせるように。 「いや、お前が惚れてた男だなって思っただけだ」 「ほ、惚れてたって」 ギクッとしたような表情のあとで「昔のことですよ……」と、消え入りそうな声が続いた。  
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