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と、謝ってはいるけれど、既に険悪な空気なんて微塵もないことに気がついている。
「でも、高瀬さんが私のこと凄く好きそうだったので、機嫌治っちゃって」
「……今更だろ、アホ」
「だっていつも塩なんだもん……でも」
「でも?」と聞き返した俺の目に。
「ヤキモチ妬きだったり、いきなり全力疾走するレアな高瀬さんは私しか見れませんね」
潤んだ上目遣いが映り込んで。小悪魔の如く囁く。
「あー……、クソ、調子乗りやがって」
身体を離し、天を仰いだ。
(勝てる気がしねぇ、全く)
「可愛いって言ってますか?」
「耳大丈夫か?」
何とか、いつものように素直じゃない言葉を返せたけれど、声ばかりは誤魔化せなかった。気持ち悪いくらいに柔らかく、それでいて熱のこもった音が響いてしまっている。
「大丈夫ですよ、多分」
「言うようになったな、お前も」
思い切り肩を抱き寄せた後、パッと離してかわりに手を握りしめた。
「帰るか」
短く言えば、ニコッと素直に笑顔を見せた石川が「はい」と、これまた素直に頷く。
調子狂うな、とか思いながらも。
思い知るのは、どうしたってこいつのことが好きな自分。
今日みたいな小さなハプニングが、思い出になって笑い話になって、いつしか懐かしむようになっても。一緒にいたいと思える唯一の相手だ。
――その後、「彼氏が最近えっちの最中、上に乗ればっかりしつこいんだけど、どうしたんだろ」なんて、真顔で相談していたことを聞かされたのは、酔っ払いと化したこいつを迎えに行った居酒屋で。
ニマニマと俺を眺める石川の友人連中からだったわけだけど。
まぁ。それはまた別の話だ。
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