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長井から連絡を受けた圭は、呼び出された教室へと足を勧める。ドアをノックし入ると一人、長井が椅子に座っていた。
「待っていたよ、小林くん。こちらに来てくれる?」
「はい」
長井に勧められ、長井の前に用意された椅子に座った。そのまま、少し教室の中を見渡す。いつもどおり、放ったらかしにされている空き教室。
長井と圭以外は誰ひとりとして教室の中にはいない。
「どうしたんです?」
「あ……いや、あの……先輩のとなりにいた二人はどうしたのかな、って思いまして」
長井は「あぁ」とつぶやきながら首を軽く縦に振る。
「確か、君と同級生だよね。悪いけど、彼らと君を直接合わせる気はないよ。君が彼らのもとへ勝手に行くのはどうでもいいけど、彼らに君と口は聞かないようにお願いもしているから。そのつもりで」
「……それは、疑われているからですか?」
「当然、そういうことだね。納得、してくれるかな?」
「まぁ……おそらく、俺に拒否権は、ないんでしょうね」
圭の言葉に対し、長井はニコッと笑ってみせた。物分りがいいね、という意味合いなのは聞くまでもない。
「さてと、早速だけど、君にお願いしたいことを考えてきたんだけど、聞いてくれるよね?」
「はい。それは目的ですから」
長井は一度ぐっと体を圭のほうに傾けた。
「まず、再確認だけど、君は本当にガラケーしか持っていないんだね? スマホや、コントラクトのアプリを所持していることは、一切ないんだよね?」
「はい」
圭はそのとおりと、自信を持って首を縦に振る。清々しいレベルの嘘。
「であれば、契約で口止めできない以上、伝えることは厳選するとしよう」
そう言うと、長井はスマホの画面を見せてきた。その中に写真が一枚ある。それは人を撮った写真で、雰囲気的に隠し取りっぽい。だけど、場所はおそらく空き教室。
そして、内心圭はかなりの驚きを見せていた。その写真に写っていたのは幼馴染、泉亜壽香の姿だったのだ。
「え……と、この写真は?」
「彼女は君と同じように、わたしに接触をしてきた子だよ」
「……えっ?」
今度は更なる驚きが重なり、顔に出てしまった。ここで誤魔化すのは返って変だ。そのまま、驚いた表情をみせつつ、写真に視線を落とす。
「……この人が?」
「うん。彼女もまた、僕の手伝いをしたいと言ってきた。君よりも前にね」
「……まさか……お互いに監視させ合うつもりですか?」
「いいや。残念だけど、彼女は結局自ら断ったよ。君に言ったように、疑いを持っているといえば、そのまま立ち去っていった」
……亜壽香が? あいつも、長井に近づいていたのか……。
「彼女が断った理由はなんだったのかな? 支配する側の人間なのか、やはりこっちが露骨に拒むような態度を取ったから、愛想をつかしたのか」
……確かに。亜壽香はおそらくコントラクトの被害者だ。そして、あいつは解放者に対して……この長井に対してかなりの興味を抱いていたはず。おそらく、あいつは本当に信仰心で近づいたのだろう。
だけど、相手はずっと冷徹で、疑っているなどと言われたら……怯んでもおかしくはなかったわけだ……。
圭はあくまで本当の解放者であり、裏があるから、それを悟られないためなお、手伝いをのぞんだ。だが、本当に支配される側の立場で考えたら……亜壽香の行動のほうが……自然……だったのか……。
「どちらにしても、彼女も君と同等か、それ以上に疑いを持っていると言っていい。君には彼女の動向を探って欲しいんだよ」
……そうか。恐らく長井は圭たちの答えはさほど参考にしていないのか……。あの疑いを持っている宣言した上での手助けに対し、YesだろうとNoだろうと、さほど可能性は変わらない。
彼に接触した時点で疑いがあるのだ。むしろ、確証を得るために見ているのはその答えを示したあとの反応というわけだ。
「……動向といいましても……具体的には?」
「もし、本当に支配する側の人間なら、僕に対して何らかのアクションは起こすと見ている。少しでも不穏な動きがあれば遠慮なく伝えて欲しい。どんな些細なことでも構わない」
「それはまた、随分と難しそうなミッションですね」
「難しく考えなくていい。直感でいいよ」
といっても……そもそもこの写真の人物とは知り合いのレベルじゃない。探りもなにもないぞ……。これはもう、いっそのこと知り合いだと言ってしまったほうがいいのか?
でも、安易に情報を漏らすのは……。
「ちなみに、もしかして俺の動向も観察されたりしてます? あなたの側近の人たちとかが」
「それに関してはノーコメント……、って言うまでもないよね? 君のことは散々疑っているといったはずだ」
「……ですよね」
圭は頷きながら、思った。
側近は二人いる。一人には亜壽香の動向を見張らせて、もうひとりには圭の動向を見張らせようとしているのではないか。
圭が亜壽香に対する動向報告を、側近と照らし合わせることで、圭の証言の真偽と、亜壽香の動向をより正確に確認できる。
そして、同時に圭が不穏な動作を見せたら、それは長井に報告される。
恐らく、今の長井の中では、本物の解放者が亜壽香か圭のどちらかである可能性を大きく見ているはず。
であれば……まずは亜壽香の疑いを晴らすところから始めたほうがいいかもしれない。亜壽香が潔白なのは知っている。なぜなら、圭こそが本物の解放者なのだから……。
「……分かりました。彼女の動向を見張りましょう」
そして、しばらくこっちから田村や森と会うのは絶対避けるべきだと再確認した。
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