第3章 偽解放者の側近で

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「……餌!?」  今、長井は確かに、圭を餌にするといった。王をおびき寄せるための餌にすると……言ったのだ。 「別にかまわないだろう? 君はコントラクトを持っていないんだ。であれば、餌になったところで、君が食われることはない」 「……ぐ……具体的には?」 「それはまだ話せないね。君を信用などまったくしていないからね」  これはまた、厄介な話になってきたな……。いったい、圭をどう利用するつもりだ……? 「……確かに、出来る限り先輩の手助けはすると言いました……ですが……流石に内容によりけりっていう条件はつきますよ……。  俺だって、できることなら注目を浴びるのは避けたいですよ。でなければ、こっそり先輩に手紙を差し出して会おうとした意味もなくなります」 「悪いようにはしないさ」  悪いようには……か。まったく……そういう感じで来られたら、立場的にかなり断りづらいことになるじゃないか……。無論、長井はそれが狙いなのだろうが……。  ならば交渉しかあるまい……。 「……演説に顔を出さない。俺の名前を演説の中で挙げない、というのであれば……まったく問題ないんですけどね……」 「いいだろう」 「……え?」  やけに軽いな……。 「……本当なんですか? 今この場で合わせるため、適当に頷いたように聞こえた気がするんですけど……」 「まぁ、そうだろうね……。この約束には強制力などなにもないからね。心配なら、コントラクトで契約でも結ぶかい?」 「……できないことを知ってて言ってますよね?」 「今からスマホを買ってきて、コントラクトを使ったら行けるけどね」 「その時点で、先輩が俺を餌にする理由が消えますよ」 「それはそうだね」  ポンと拳と手のひらで音を立ててみせる長井。  ……どう考えても、この場をごまかそうとしてるな……。  だけど、普通にやっても交渉などできないことは理解した。あくまでも、コントラクトを使わずに交渉をしないといけない……。 「俺だって、もちろん先輩の役に立ちたいですよ。出来る限り、解放者に力を貸したいと思っています。  ですが……、どうしても注目を浴びることだけは避けたいんです。先輩みたいな強い心があるわけでもないので」 「……コントラクトを持っていないのならば、注目を浴びたとて狙われることはない。狙われても、支配されることはないよね。でも、注目を浴びることは避けたい? 絶対に?  それって、もしかして、君も支配する側の人間だから、ていうのが大きな理由だったりして?」 「……俺の名前を演説で出さないという約束を確かに得られるのならば、そう思っていただいても構いません」 「であれば、僕は今すぐ君を追い出したほうがいいかもしれないね……いや、ここで黙らせてしまうべきかな?」 「……なんなりと」  圭はすべての身を任せるというように長井に向けて両手を広げた。対して長井はしばらく圭を見続けると、やがて大きく息を吐いた。 「……分かったよ、もう十分だ。無意味な話だよ。ここで君を支配する側だと決めつけたところで、何も得られない。実に交渉として破綻している。だけど、君の思いは確かに受け止めたよ。  僕は解放者だ。すべての人を救わなければならない。であれば、君だって、支配する側だと特定できない以上、解放者として貶めるわけにはいかないからね。  それに、下手に君を雑に扱った結果、君が校内に僕の悪口を広げられては元も子もないことになる。おそらく、今の僕なら、そういった世間の評価で、簡単に崩れ落ちてしまいそうな立場にあるだろうしね」  随分と自分の立場を理解している……。いや、そういう立場を自ら望んで作り上げているんだ。当然、自覚しているということか……。  確かにこいつは……世間の評価……支配される側の評価より、支配する側を誘い出すために行動をしている点もある。 「……感謝します」 「うん。だけど、顔と名前は晒さないという前提で、君は利用させてもらうよ。君は僕と王との間のみで伝わるキーワードになるんだ。しっかり、王に向けたメッセージとして、君の存在自体は利用させてもらう。  それだけは了承してほしいな」 「……承知しました」  ここから先はひとまず長井に任せてもいいだろう。やつが真の王と繋がってようが繋がっていまいが、王を引きずり出してくれることには違いないだろう。  じっくりと……見させてもらうとしよう。  そうして、長井は再び側近を用いて、演説のビラを校内に配り始めた。 『再び解放者による演説。支配するグループの最大勢力との対決に向けた一歩』  そんなキャッチコピーを元に、解放者の再演説は瞬く間に校内へと広がっていった。
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