第3章 偽解放者の側近で

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 長井の演説が広まったころ、圭のガラケーに田村からショートメールで連絡が入ってきた。 『長井がまた大きく動き始めたようですね。なにかあったのですか?』  さてと……これに対してはどこまで説明したらいいのか……。頭の中で、圭と解放者ボブの情報を切り分け、内容を選択していく。   『あの前に話した仮面をかぶった王と名乗るやつが来た話はしましたよね? どうやら、長井先輩はその王に対して、本格的に攻め始めるようですね。ひとまずは王をおびき寄せるのが目的だと言っていました』 『なるほど……、ここに来て長井が打倒王を掲げて動いてきたというわけですか……』 『先輩の望み通りって感じでしょうか。そろそろ、先輩も長井に合わせて動き始めたりするんですか?』 『……そうですね……、確かに……そろそろかも……しれないですね』 『ちなみに、俺も今回の演説には少なからず関わっているので、演説は聞いておくつもりです』 『そうですか。分かりました』  と、そこまで会話が進んだとき、今度はスマホにLIONの通話が入ってきた。その相手はまた田村零士。  ひとつ息を吐いてからでる。 『長井がまた大きく動き始めたようですね。なにかあったのですか?』  ……まったく、ついさっきまったく同じフレーズを見た気がするんだが? そもそも、解放者ボブに送るセリフとしては、これおかしいだろ……。 「何があったと言われても……何とも答えられないが?」 『そうでしょうか? わたしの考えでは、そろそろあなた方本物の解放者が偽物、長井敏和に接近し始めていると思っていたのですが?』  ……。何を言っている?  圭が覚えている限り、解放者ボブは田村から、影武者の王との接触についてはまだ教えてもらっていないはずだ……。というか、田村が解放者ボブに圭から得た影武者の王の接触について情報を流そうとしていない。  だからこそ、こっちも解放者として長井との接触について話さなかったのに。 「何を根拠に?」 『まず、君に、あたしの友人が長井の側近についたことを話しましたよね?』 『あぁ、それは聞いている。だが、それ以降の進捗はまったく聞いていないがな』 『えぇ、その通りです。まぁ、実は進捗なら少しはありましたが、君に話すほどのことではないかと思っていただけですけど』  嘘つけ、伝えるべき情報だらけだろうが……。 「で?」 『君が言ったようにたいした進捗はないまま、進んできています。だけど、解放者ボブとしてはいつまでもその状態のままいて良いのでしょうか?  君だって、おそらく察しているんじゃないですか? 偽物の解放者、長井に、何人かの人が接近し始めていることに。その中には支配する側の人間、すなわち、真の王も近づき始めているかも……なんて考えているころでは?』  小林圭とはなんの関係もない解放者ボブならば、どこまで長井のことに迫れていたかどうか……。 「……」  だめだ……どこまで推理できたか、推し量れない……。自分で自分がどこまでできるのか、田村の中の圭の評価がどこまでのものなのか……。 『良く分かりました。やはり、君は偽物に対して既に接触をしていたのですね』 「……なに?」 『君が今、偽の解放者に対して持っている情報は、本名の長井敏和。そして、おそらく本物の解放者をおびき寄せようとしているということ。少なくとも、ただの目立ちたがり屋という見解はほぼ捨て去ることができていることでしょう。  この段階で、実質彼を放置しておくという選択肢はまず無くなっています。相手の目的が解放者を乗っ取ることであれ、真の王による解放者のあぶり出しであれ、君から動いていかないと……受身でいればいずれ追い込まれてしまう。  何しろ、相手はもう確かに大きく動き始めているんです。そのままの状況でいては、不利になるのは本物の解放者、君になっていく流れになってもおかしくない。  そんな状況を解放者ボブ、君が求めるとは到底思えませんからね。おそらく君ならば、相手にある程度の情報を与えても攻めを見せていくはず。そういう人だと確信したからこそ、わたしは君に手を貸すことにしたんですから』 「……」 『それに、今回の二度目の演説宣言でそれはよりはっきりとしました。おそらく、君は長井に接触し……自らが本物の解放者であることを名乗ったのでしょう。もちろん、君がアリスのほうかは知りませんけど。  もしかしたら、そこで解放者と偽物の間で、何かしらの交渉をしたんじゃないですか? 可能性として一番大きく挙げられるのは、真の王の共闘作戦とかでしょうか?  例え偽物が本当に真の王とつながっていたとしても、おそらくそれを君たちの前で長井が認めることはないでしょう。であれば、例え相手がどういう立場であれ、打倒真の王を長井に掲げさせ、王を引き出すよう促すのはできる。  あくまでわたしたちの目的は打倒王。それさえ成し遂げれば』 「手段を問う必要はない。偽物が王を倒すならそれでいい。偽物が真の王を引き連れて打倒解放者を掲げて動いてこようが、こちらも王に近づけるというもの」  圭は田村の言葉に被せながら続きを言い放った。まったく……考えることは田村も圭も同じということだ。 『素晴らしいですね。流石です』 「……できれば、その推理力を長井に対して使用してほしいものだな」  逆に言えば、田村の観察眼をもってすれば、圭の行動などあらかた田村に読まれているということか……、いや情報を操作して動かされているのかも……。
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