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フライハイトに森こと解放者アリスの拍手が響き渡る。終わったあとも偽物や影武者含めて、この場にいる全員の視線をかっさらっていた。
森がいる空き教室にはほかの人影は一切ない。それは森があらかじめ教室に鍵をかけ誰にも入られないようにしたとのもある。だが、それ以上にあの場所には元々人の影は少ない場所であった。
わざわざ特別棟のしかも四回に行って演説を聞こうとする奴はいないのだろう。また、そういった人影がない場所に行こうとする奴は、特に周りを気にする奴という形にもなる。
であれば、そいつは支配する側の人間であると見られる可能性があるのも拍車をかけていることだろう。
また、これまでの演説でその傾向を確かめていたのもあって、森にはあの位置に陣取ってもらった。
また、森の立場もこれには関係している。いつも森は、友人と一緒に支配される側として演説を聞いてきた。だが、今回森には、用事で外さないといけないと友人に断ってもらっている。
だが、フライハイトには森の友人の姿は確かに確認できる。である以上、流石にその友人の近くに仮面をかぶっている森を立たせる訳にもいかないだろう。遠めであれば、分からないはずだ。
そもそも、偽物と影武者に繋がりがあるかも知れないのに、そんな中に飛び込むのはリスクが高すぎる。
長井は首を上げ森のほうに顔を向ける。
「必ず現れてくれると思っていたよ、偽物さん」
そして、森に聞こえるよう声は張り上げたが、いつもどおり温厚な口調でそう言ってきた。
「こちらこそ、わざわざどうも。偽物」
ざわめく観衆の中、距離を離して返事をし合う森と長井。そんなのを横からキツネの仮面をかぶりつつ、観察する影武者。
「仮面ファイターの仮面……なるほど……」
微かに聞こえる程度だったが、影武者は頷きそう言った。
「にしても、なぜそんなところにいるんだい? 降りてこないのか?」
「必要ないだろう。この場において王、お前が必要なのはわたしという存在を確かめることにあるはずだ。こうして、顔を出せばあとはもう必要ない」
影武者は森の言葉に対し、少し顔を俯かせ笑った。
「確かに……わたしも同意見だ。少なくとも今の私の隣にいるおまけのおもちゃを与えてもらうよりも、本体の君の姿を拝めたことのほうがよっぽど嬉しいね」
「おまけとは聞き捨てならないな?」
口を挟むように長井が言う。ただ、この状況下では、もはや周りの人のための体裁でしかないだろうが。
「ま、確かに。お前のようなおまけがなければ、わたしは奴とこうして顔を交わすこともなかったかもしれない。私にとっても、彼女にとってしても、それを繋げる糸が必要不可欠なわけだ」
影武者は森から視線を外し、再度長井に向ける。
「是非とも、奴とわたしをくっつける接着剤としてその力を存分に振るっていただこうか。その今後のことも含めては、まずは礼を告げようじゃないか」
その通りだ。今の圭たち解放者にとっても、王側の人間であったとしても、重要なのは接近するチャンス、きっかけだ。
お互い、倒さなければならない相手である以上、王と解放者は同じものを求めている。
そんな中、周りにいる人たちの口からさらに困惑の声が漏れ始めていた。
「偽物……? 解放者の偽物ってこと?」
「でも……どっちが? ……どっちも!?」
四回にひとり立つ森とフライハイトで顔を晒し堂々と立つ長井を交互に見比べる観衆たち。
「ってか、あのキツネの面をかぶっているのも偽物ってことだろ? ……本物はここにいないのかよ!?」
「いやいや、なんで長井敏和まで偽物って話になるんだよ? あいつは本物だろ? だって、……だろ?」
あちこちでいろんな憶測や推測が飛び交う。だが、おそらくこの状況の真実を見抜ける人などおるまい。
目の前にいるのは、王の影武者と、解放者の一角と、解放者を名乗る偽物だ。まともなメンバーではない。
森はしばらく窓際でたっていたが、やがてまた声をフライハイトに向けて投げかけた。
「おい、偽物! わたしはこれでもう十分だろう。あとはお前に任せるぞ。その隣にいるキツネに言ってやれ。いつでもかかってこいとな」
そう最後にセリフを捨てると窓を閉め、教室の奥へと姿を消した。
そんな森を長井は止めようとしなかった。それが無意味なことだというのは長井も理解していたのだろう。
代わりに影武者に対し一歩近づく。
「さてと、偽物の王よ。これでわたしの申し出を断る必要もなくったよな?」
「クククッ、立場的には断ることもできるよ。でも、こんなチャンスは是非とも掴んでおきたいと、思えたよ。商売上手だねぇ」
長井と影武者、顔を近づかせにらみ合う。
すると、長井は急にポケットから何かの紙を取り出し、影武者の手に強引に握らせた。
「申し出はこの中にある。自分が安心できる場所でじっくりと読むといい。お前の主人もしっかり説得して連れて来いよ」
対して影武者はチラリと紙を見たがそれを広げることなくポケットにしまいこんだ。
「せっかくパーティに招待していただけるんだ。最善の努力はしよう。さぞかし、楽しいイベントを企画してくれるのだろうね? 期待して待っておくよ」
そんな会話が終わると、影武者はキツネの仮面を抑えつつ堂々と観衆が自然と開けていく道を抜けていった。
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