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第1羽 まだ飛べない鳥
苦痛の中、空は青く綺麗だった。白い鳥が一羽、旋回しながら飛んでいる。この状況で空を見ているなんておかしいのだが。頬にかたくぬるい拳が触れる。骨と骨がぶつかる鈍い音とともに景色は暗転した。
目を開けると、空は夕焼け色に染まっていた。放課後の体育館裏、僕はいつものように地面にころがっていた。
高校入学以来、不良に目をつけられ、不運は始まった。殴られる、蹴られるは日常茶飯事。この場所に連れてこられて、へばって動けなくなるまで叩きのめされる。
そして、二学期に入り十月を迎えた今でも拷問は続いていた。頬や腹に痛みがこびりついて、さっきまでの苦痛が脳裏に滲む。色が変わった空に鳥はいなかった。どうやら長いこと気を失っていたようだ。体を無理矢理起こして、頭上に転がっているカバンに手をのばす。その時、風が頬をかすめて、全身を駆け抜けていく。その中で、足だけが妙に寒さを集めていた。足元に目をやると、紺色の靴下が露わになっていた。またやられた。
僕をボコボコにした後、不良たちは必ずと言っていいほど物を隠す。教科書、ジャージ、靴……気がつくとなくなっていて、見つけた時にはほとんどが無惨な姿に変わっていた。最悪の場合は弁当がゴミ捨て場にあり、その日は腹が減って死にそうだった。
僕は立ち上がり、おぼつかない足取りながらも歩き出した。だいたい隠し場所は決まっている。約七十六歩進んだ草むらの中。案の定、草の隙間から靴紐が垂れ下がっている。僕はそれの端を掴んで引っ張り出した。
それは悪意のかたまりだった。右面にはシネ、左面にはキエロ。くたびれたスニーカーに赤いペンキでべっとりと書かれていた。僕はそれを握り締めた。
悔しさを通り越して、絶望した。あらゆる負の感情が頭の中で回っている。手に、赤い文字が侵食し出す。悪意は僕を侵そうとしているのだ。認識した瞬間、恐怖が溢れ出し、僕は靴を投げ出していた。体育館の壁にぶち当たり、強烈な音が鼓膜を揺らしたのを口火に僕は我に返った。
手には何もついていなかった。夕日を受けてうすくオレンジ色に染まった壁が弾き飛んだ赤の残像のように見えて思わずたじろく。まだ耳の奥がじんじんと痛みを発していた。いまだ乱れている呼吸を整えて靴を拾おうとした時、
「いいフォームしてるね」
と声がした。
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