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「私の紙ヒコーキ」
その一言で淡い期待は打ち砕かれた。そっちですか、思わせぶりすぎる言動だ。元の場所に座り直す間も顔は火照り、まだ心臓は暴れていた。
「だって、事あるごとに小野君のところに飛んでいくんだもの。プールの時も、今も」
プールの時、見つけてくれたの海子さんだったのか。納得しつつも、部長との会話が思い起こされて、気持ちが沈んでしまう。
「小野君」
呼ばれて振り向くと、海子さんは真っ直ぐに僕を見つめていた。黒目がちな瞳はなにもかも見透かされているようで目が離せない。
「なんで部活来ないの?」
海子さんは無表情で言った。僕は逃げるように目を逸らしてしまう。それでもまだ視線だけがひしひしと感じられた。
「僕には……部活をやる資格がないんです……」
僕は答える。そして、少しの沈黙のあと、海子さんは話し出した。
「私が紙ヒコーキ部に入部したのは、好きな人に気持ちを伝えたかったからなの」
いままでに聞いたことのない甘い声だった。少し頬が赤らんでいるように見える。
「彼は私が住んでるマンションの向かいに住んでた。いつも朝挨拶するだけの関係だったけど、なんか好きになってた。それで、告白しようって決意したんだけど、やっぱり面と向かってできないからどうしようって思ってたら、紙ヒコーキ部のポスター見て閃いた。彼の部屋は私の家のベランダと並んでた。そこからラブレター投げ入れてやろうって。それで紙ヒコーキ部に入ったの。動機不純でしょ?」
たどたどしく並べられた事実に、少しばかり驚く。なぜ紙ヒコーキ部に入ったのかは気になっていたが、まさか告白の道具に使うためだったとは予想していなかった。恋愛に興味がなさそうな彼女にも、そういう想いがちゃんとあったのか。また僕の中で彼女という存在が大きくなっていく。だが、なぜ話してくれたのだろう。求めるように海子さんを見ると、彼女は小さく微笑んで答えを口にした。
「要するに、私もこんなくだらない理由でやってんだから、好きなことするのに資格っていらないんじゃないの?」
言葉とともに向けられた笑顔を見た瞬間、僕の中で靄がかかっていた部分が晴れていった気がした。
そうか。好きなことをやる資格なんて自分の価値観なんだ。自分で解決するしかないじゃないか。
「君も伝えたいことがあるなら紙ヒコーキにして飛ばしてみれば?」
「……伝えたんですか?」
「うん、振られた」
海子さんは結果とは対称的に清々しそうに髪を掻き上げた。後悔はない、というような感じで。
目の前に落ちた紙飛行機を拾い上げて、己を鼓舞するように心の中でつぶやく。
僕も、覚悟を決めなければ。
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