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第2羽 夕焼け空に羽ばたく
胸にいっぱいだった淡い期待は無残にも崩れ去った。紙ヒコーキ部って……言われた部活名と目の前の光景を反芻し、途方に暮れた。部活紹介ではそんな部活なかったはずだ。そんな僕の様子に気づいていないようで、先輩は構わず話し出した。
「まあ、簡単に言うと紙飛行機を飛ばす部活だよ」
そんなこと名前聞けばわかりますよ。
「部員は四十人」
同好会レベルだと思ったのに意外と多い。そんなに人気なのか……。
「部員多すぎて、今年は新入部員募集してなかったんだ。一年生は存在さえも知らないよね」
なるほど。聞いたことないわけだ。
「僕は三年生、部長の立花空也です。君は……」
「あっ……小野陸です。い、一年です」
僕が頭を下げた時、こめかみ付近にツンと違和感があった。ピンク色の紙飛行機がコロンと落ちた。これが当たったのか。
「海子ちゃん、人に向けて飛ばしちゃダメでしょ?」
立花先輩は落ちた紙飛行機を拾って、僕の背後に呼びかけた。振り向くと、一人の女子がこっちに歩いてきていた。肩まで伸びた髪は少し明るい茶色だった。いや、本当はもっと明るい色なのだろう。夕日に染められて少し大人しくなっているのか、ところどころに金色がちらりと顔を覗かせている。色白の肌は透き通っていて、切れ長の目は黒目がちだが澄んで光を湛えていた。無表情であるからますます顔立ちがはっきりと綺麗に見える。こちらまで歩いてきて発した第一声はこうだった。
「私は人に向かって飛ばしてません。勝手に飛んでいくんです」
一切冗談のない本気の口調で、立花先輩を見つめている。
「君の紙飛行機は人が好きなのかな?」
立花先輩が朗らかに言う。そういうことじゃないのでは、と思っていると、彼女は急にこちらを振り向いた。そして、僕をまじまじと見てつぶやく。
「誰?」
初対面だから当たり前のことだが、僕があたふたしていると、立花先輩が助け舟を出してくれた。
「新入部員の一年生、小野君だよ」
勝手に入部が決められたが、そんなこと気にしている暇はなかった。まだ凝視されている。
「二年の藤原海子です。よろしく」
彼女は抑揚のない口調で言った。目は真っ直ぐで、まんまるで、見ていると吸い込まれそうだった。
「痛くないの?」
「え?」
「足。くつ履いたら?」
その言葉で自分が今、裸足でいることに気付いた。手には汚れたスニーカーが握り締められている。急いでついてきたからそのままなのだ。胸がざわついて、思わず俯いてしまう。視線は紺色のつま先を巡らせ、行ったり来たりを繰り返す。
「あ、ごめんねぇ」
立花先輩の声が張りつめた空気を一瞬で緩めた。
「彼の靴、壊れちゃったんだ。そのままで来ちゃったもんね。スリッパもらってくるね」
そう言って、立花先輩はとてとてと校舎のほうに行ってしまった。
やっぱり見えてたよね。
気遣いに感謝する気持ちよりもばれたという恐怖心のほうが勝っていた。スニーカーを握りしめる手にさらに力が入る。アスファルトの凸凹が足の裏をやけに刺激しているように感じた。ふと視線を浴びていることに気付いて顔を上げると、藤原先輩がこちらをじっと見ていた。眉を寄せて、訝しげな表情をつくっている。こんな表情でも彼女はとても絵になるなと思った。見とれている場合ではないことに気付き、その表情の意味を考える。
もしかすると、いじめられていることに感づかれたのかもしれない。慌てて視線を逸らすと、ぽそりと声が聞こえた。
「相撲……?」
え、と思わず口に出してしまった僕を気にせず、彼女は言葉を続けた。
「全体的に汚れてるし、ぽっぺた腫れてる」
そして、ぺち、と僕の左頬に手のひらを突きつけて
「つっぱり、されたんでしょ?」
真剣に見つめてくる彼女をあっけにとられて見つめ返しながら、僕は思わず吹き出してしまった。あまりに的外れすぎてツボにはまってしまったようで、笑いを抑えることができない。目をぱちくりさせている彼女をよそに、僕は声を出して笑った。ここ最近では一番の大笑いだった。
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