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入口の引き戸がカラカラと音を立てて開いたのに気づいた柳原が、慌てて前掛けを締め直した。客は黒縁の丸眼鏡をかけた小男だった。男はカウンターに腰かけると店内に貼りだされたメニューを見回した。その眼が特盛チャーシュー麺チャレンジと書かれた案内のところで止まる。
「うーん、ラーメン好きやし、面白そうなんやけど……ワイには無理でっしゃろなあ」
客が人懐っこそうな笑みを浮かべて言った。その口調と相まって、柳原は食い倒れ人形を思い浮かべた。
「止めといたほうがいいと思いますぜ。さっきも大学の柔道部の連中が挑戦したけど、諦めてたんで」
柳原が苦笑いを浮かべて応じた。客の体格を見て、さすがにこのなりでは無理だろうと判断したのだ。
「関西のかたですかね。こちらへは出張か何かで?」
高橋がスーツ姿の客の恰好を眺めながら続ける。
「まあ、こちらへいらした記念というか、土産話に挑戦してみるのも面白いかもしれませんよ」
さすがは地元で長年八百屋をやってきた商売人だ。柳原は特盛を勧める高橋に目をやって、俺もまだまだだなと心の裡で嗤った。
「うーん、それもよろしゅおますな。話のネタにやってみまひょか」
客は飄々とした表情で、特盛チャーシュー麺を頼んだ。
柳原は高橋も人が悪いと思いつつ、調理を始めた。
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