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大人な彼女が、初めて僕の前で泣いた。
頭が真っ白になった僕は、おもむろに、まだまん丸な彼女のたまごにフォークを伸ばし、表面を少し削り取ると、それを――口に含んだ。
驚きで一瞬涙を止めた春陽が、
「ばかっ!」
と僕を叱りつけた。遅れて、言葉にならない苦みと泥臭さが口いっぱいに広がる。
無理やり、たまごのかけらを飲み込み、汚くえずいた後、
「だって……だってぇ」
自然とあふれてきた涙を拭いながら、必死に言い訳を探した。だけど結局、泣き声にしかならなくて。しばらくふたりで、糸が切れたように泣き続けた。
どうしてあんなことをしたのだろう。いまだによく分からない。でもたぶん、忘れたくなかったのだ。最後になるかもしれない春陽との思い出を。実際、僕が今でも当時のことを鮮明に思い出せるのは、あの、たまごの強烈なインパクトがあったからだと思う。
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