You're the one for me. → 「君が一緒なら」

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You're the one for me. → 「君が一緒なら」

 春が足踏みしているような四月の日曜日。妻の墓には一片(ひとひら)の大きな紫色の花びらが乗っていた。墓の近くに植えられた木蓮は、妻の命日には決まって満開となる。その凛とした気高さは生前の妻によく似ていた。  墓前で手を合わせ心の中で妻に詫びたのは、学生たちが噂しているように僕が妻を殺したからというわけではない。当時、絶大な権力を誇っていた学部長が僕に迫ったのは、彼の娘と結婚して教授職に就くか、法曹界からの追放を甘んじて受けるかの二択だった。妻は父親の力を利用して僕を手に入れたものの、結婚後二年経っても僕の心が手に入らないことに絶望して自らの命を絶った。雨に打たれながら僕の目の前で。 「もう行くよ」  それだけ呟くように告げて僕が立ち上がると、風もないのに突然木蓮の花びらが降ってきた。まるで大粒の雨のようにバラバラと音を立てて。  『行くな』と僕を引き留めているのか。いや、きっと違う。  翌日、傘の水滴を気にしながら教授室を覗くと、いつものように君がいた。君は雨の日には僕が来ないことを知っているのに、こうして僕を待っていてくれたんだね。僕はと言えば、君の嘘に気付くまで自分の気持ちにも気付けないでいた。 「おはよう」 「え!? どうして? 雨降ってますよね?」  驚き過ぎて本を落としそうになった君に、何から話そうか。 「木蓮は花の蕾の尖った先が、必ず北を向いているって知ってる? いわゆるコンパスプラント(方向指標植物)だね」 「そんなことより教授! 雨なのに……大丈夫ですか?」 「君が一緒なら」 「え……」  戸惑いつつも頬を染めた君に、待っていてくれてありがとうと伝えたい。自分の決めた道を進めと木蓮が背中を押してくれたから。  君に想いを告げるために僕が教授室のドアを閉めると、窓を叩く雨音だけが二人の世界を満たした。 END
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