Stay with me. → 「雨が降っています」

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Stay with me. → 「雨が降っています」

 開け放たれた教授室のドアをノックすると、私はこれみよがしに濡れた傘をドアに立てかけた。 「教授、雨が降って来ましたよ」 「マジか! 今日は一日曇りの予報だったのになぁ。おっと、それはもしや僕の大好物の海老天丼?」 「はい。お昼、私もここで食べていいですか?」 「もちろん」  差し入れの天丼はまだ私の手の中でホカホカしている。教授の笑顔で私の胸もホカホカになる。  刑法の篠崎教授は、雨の日は外に出たくないという理由で休講にする。そのせいで『奥さんを殺したのが雨の日だったから雨が嫌いなんだ』という物騒な噂が飛び交っているのを、たぶん本人は知らない。  それでも教授の講義が大講義室を満員にするほど大盛況なのは、”人はいかに生きるべきか”を追求する彼の熱い想いが学生たちの胸を打つからだ。  かく言う私もそんな教授に惚れ込んでゼミ生となり、こうして教授室に来ては書架の整理を手伝わせてもらっている。 「午後の講義は別館かぁ。遠いな」  早速事務室へ休講の連絡をする教授にちょっと呆れた。別館なんてワンブロック歩けばいいだけなのに。  雨の中を歩くことが教授にとってどれほど辛いことなのか、私にはわからない。本の間に挟まれた奥さんの写真がどんな意味を持つのかも。  「雨、まだ降っていますね」  窓の下を歩く人々の傘は閉じられているけれど、もう少しそばにいたいから私は嘘を吐く。  いつかあなたと雨の中を歩ける日まで。 END
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