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姉をからかう声をよそに、食事を進める。思考はより深く沈む。
(マ・ラクム、マ・ラクム。聞き飽きたわ)
我が姫殿下。『マ』は年長者や敬愛する相手の名につける敬称だ。
アクァンタに声はない。だが、しぐさから敬愛がにじんでいる。ズル・オムドはうるさいくらいにマ・ラクムと繰りかえす。リフィアは、ラクム・リフィアとしか呼ばれない。
彼らからだけではない。これまで一度も、だ。部族にはだれも、リフィアを主と定めて、慕う者などなかった。
ひゅ……っ、唐突に、喉で風の音がした。耳慣れた喘鳴に、そっと胸を左手で押さえる。
(興奮しちゃダメよ、リフィ。ここには乳母も薬師もいないし、薬もないわ)
ぽん、ぽんとこどもをあやすようにリズムをつけて自分の胸を軽く叩く。次第に呼吸がととのっていく。
目を配る。シェリアも従者たちもこちらのようすには気がついていない。そしらぬ顔で食事を再開したが、なんだかさみしい心地がした。想像のなかでだけ、リフィアは盛大に喉を鳴らして倒れ、胸をかきむしり、息も絶え絶えに喘ぐ。一方では、何ごともなかったかのように魚を骨から剥がしてつまんでは口に運び、咀嚼し、飲み込む。喉をとおり、白身の肉が腹に落ちつくまで追う。
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