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慌てて大の字に伸ばした体を縮めた。仲間がやはり風呂に入りに来たのだろうかと目を凝らすが、気配ははっきりとあるものの、その姿は見えなかった。湯気で見通しが悪いといっても、そこまで見えない筈はない。
……本当に、「人」なのだろうか。
それまで最高の湯加減だったのに、体が冷えてきた。のびのびと入っていたのが嘘のように、徐々に窮屈に感じ始めた。自分一人しか居ないのに、まるで沢山の人が入っているかのようだった。
木々の音がする。
ざわざわ、ざわざわ。
沢山のかすれた音。……声?木々の音だと思いたい。
脱衣所と同じように造られた小窓から、何かが湯治に訪れているのか。
たまらず湯船から上がり、素早く着替えて脱衣所を飛び出した。懐中電灯の光だけでは払拭できない不安を抱え、小雨の中を早足で戻る。焚き火の炎は闇夜に勝つのに、小さな懐中電灯の光は数メートルも届かない。
腐葉土を踏む足音は一人分のはず。なのに私の足音にずれる足音が、背後で聞こえる。枯葉を踏む軽い足音。ざわざわ、ざわざわ。一人、二人……いや、数えるのをやめよう。
風呂の時間は11時まで
その意味が、ようやく分かった気がする。走り出しそうになるのを意識的に抑えながら歩く。焚き火を囲む仲間が見えた時には、心底ホッとした。風呂で温めたはずの体は、冷え冷えとしていた。
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