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そうとなれば、幾ら何でも聖を解放しない訳にはいくまい。
(さぁ、いつものようにキレて、オレをボコボコに殴っちまえよ)
わざと隙を見せる為に、手にしたドスの角度を変える素振りをして視線をそらす。
さすがにこれなら、史郎も反撃のチャンスとばかりに、一気に殴り掛かって来ると思ったのだが――――。
「ふん? オレも舐められたもんだな」
「っ!? 」
意に反し、史郎はドスを突き付けられたまま平然と嗤い返して来たのだ。
焦ったのは、聖の方だ。
このままでは、こちらの分が悪い。
「あ、あんたは! オレが刺さないとでも思っているのか!? 」
すると、史郎は鼻をフンっと鳴らして答えた。
「刺せないだろう、お前は。もしもお前が青菱の若頭を傷付けたとあっちゃあ、天黄組は落とし前を付けなきゃならなくなるからな。そうなると、お前の大事な親分に、とんでもない迷惑が掛かる事になる」
「くっ……」
思った以上に、冷静な男であったようだ。
聖の策略など、とうにお見通しだったという事か。
力なく、手にしていたドスを床へと落としたところに、外で控えていた史郎の舎弟がバッと駆け寄って来た。
「こいつ! 若頭になんてモンを――」
「……は、離せ! 」
逆手に捻り上げられ、聖は抗議と苦痛の声を上げる。
すると、史郎は冷たい口調で「おい」と声を発した。
「こいつをオレの部屋に入れる時は、ちゃんとボディーチェックをしろと言っただろう。オレの話を聞いていなかったのか? 」
「す、すみません! ですが――」
言い掛けた舎弟の顔面に、史郎の拳がめり込んだ。
「――っ」
血が飛び散り、折れた歯が床に転がる。
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