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タコと入れ替わるように、今度は死神のように青白い顔をした舎弟が、替えのリネンを手にして静かに現れた。
「若頭、ベッドメイキングをしてよろしいですか? 」
「やれ」
「――はい」
史郎の命令一下、粛々と作業に入るが…………。
「……また、今日も盛大に折檻なさったようですね」
ポツリと言われ、史郎は額にピキっと青筋を立てた。
「あぁ!? 何が言いてぇ? あいつはオレのオンナだ。オレの好きなように抱くのが当たり前だろうが! 」
怒声を上げるが、この死神のような男は史郎が少年の頃から組に仕えている男であり、なかなかに肝が据わっている。
付き合いが長いだけに史郎の性格を熟知しているのか、委縮することなく淡々と意見を述べてきた。
「若頭――そんな調子じゃあ、聖さんにゃあ好かれませんよ」
「何だと!? 」
「近頃の若と、聖さんの関係を……ちっとばかし学のある奴等の間じゃあ、幽王と褒女のようだと言うヤツも出てきています。若は、これから先、青菱を背負って立つ男です。あまり聖さんにのめり込んで狂っちまわないよう、何とかここいらで自制してくれませんか」
「なんだ、その幽王ってのは? 」
「『傾国の美女』という話を知りませんかい? 古来、王を魅了して国を傾ける切っ掛けになった美女ってのは何人かいるんですが、その中でも聖さんは褒女だともっぱらの噂ですよ」
「褒女? 」
「笑わない美女のただ一度の笑みに魅せられて、もう一度その笑みを見たいが為に国を滅ぼしてしまった話ですよ。その傾国の美女の名を、褒女というんです」
舎弟の言葉に、史郎はフンっと鼻で笑った。
「バカバカしい。オレはそんなに間抜けじゃねぇよ」
「――――で、あると期待しています」
舎弟はボソボソとした声で返すと、手際よくシーツを替えた。
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