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道行4
「兄上さま、宴はどうされたんですか?」
今や、三宮の侍従なのだから身分はキサヤのほうが上で表では固苦しい挨拶しかしていなかった。そうでなくても、家に居た頃だってそんなに仲のいい兄弟では無かった。
虐められなかった代わりに遊んだ記憶も無い。
それなのに、ときおり厳しい目でじっと見られていることがあって、幼いキサヤはこの兄がとても怖かった。
成長するにしたがって自分が庶子だと分かり、兄の視線の意味も分かってくる。
――ああ、兄上はおれを嫌っている。
あからさまに邪険な言葉をかける母親は実の母では無かった。それが分るともう視線の意味もおのずと分かる。仕方ないと子ども心にそう思っていた。
「キサヤさまと呼ばないとだめかな、やっぱり」
「いえ、キサヤと今までどおりでお願いします」
一体何をしにここに来たのか? わけが分らずキサヤはガイドウが入ってきた扉を見た。
「あの……兄上さま、表でできないお話があるのですか?」
つい構えてしまうのは懐かしい昔話などあるはずが無いのを知っているから。
「綺麗になったな、キサヤ」
「はあ?……あ、あの……ありがとうございます」
――男のおれに綺麗になったって、一体どういう意味なんだろう? もしかして三宮と何かあるのを感づかれたのだろうかと緊張する。
「おまえを都に出すのを俺は反対してたんだ」
「……どうして?」
「俺は……」
一体どうなったか一瞬分からなかった。なんで自分が寝台に押えこまれているのか。そして押えこんでいるのがなんで――、
「兄上さま、何なさってるんです?」
「俺の気持ちを知っていたろう? 俺はキサヤをいつも見てたんだから」
ガイドウの言葉にキサヤは顔色を失くした。
「兄上さまはこの春に祝言を上げられたのではなかったですか?」
怖いと思っていたあの視線はそういう意味だったのかとキサヤは焦る。と、同時に自分は血を分けた弟として見られていたのでも無かったことに酷く落胆した。
――あんなに幼い頃からこの人はおれをそんな対象に見ていたのだ。弟としてなんか見てはいなかったのだと分かるとむくむくと怒りが沸き起こってくる。
それならまだおれを情婦の子どもだときつくあたっていた母親のほうがましだ。夫の血が半分入っていることを受け入れているのだから。
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