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「シキ、もうそろそろだな。北のやつらが来るのって」
錆色の髪を掻きあげた逞しい男が隣に寝そべっている男に話しかける。
「うっとおしいことだ。なのにガク、あんたは喜んでいるのか?」
シキと呼ばれた長い白髪を後ろに括った男はため息をついた。この南の地一帯はこれまで北にある自称国主も手を出してこない一種の治外法権の場所だった。ところが、この度国を継いだ帝がこの地を治めるために弟宮を領主として寄こすことにしたのだ。
この場所は自分たちにとっては最後の砦。魔族が魔族として生きることができる唯一の場所なのに。
魔族という種族は人類の亜種だ。
彼らの半分を構成しているのは獣であり、皆が人型、あるいは獣の形をとることができる。その獣は古(いにしえ)の獣であり、今や伝説の生き物だと言われているもの。
これまでひっそりと生きてきたというのに。
なんとしてもこの計画は頓挫させる必要がある。それなのに、ガクときたらこの前忍び込んだ宮中で飼われているという魔族の雛にご執心らしい。
「あんなガキがあんたの好みだとはね。それはそうと、なんであんたがここにいるんだ」
まだ子どもの雄だった。魔族にしては線が細く、まるで雌のような匂いをさせていた黒髪の睚眦(がいし)。北の地域に紛れてしまった魔族はどんどん数を減らしていると言う。
繁殖力も弱く、華奢になってしまった同類。
彼らは自身が魔族だと気付かないで一生を終える。何代も人と交配を繰り返したためにどんどん獣の部分が消えていき、雌は子どもを産むとそのまま死ぬことが多い。目立たない雌と違い、雄の魔族は容貌が優れているものが多い。
確かに保護欲はそそられるだろうが……。寝返りを打とうとしたシキの髪がぐいっと引かれてガクが乱暴に唇を奪う。
「……んあっ……や、止めろ」
寝台に縫いとめられ貪るような口付けからやっと解放されて、シキは自分を拘束している腕を振りほどいた。その様子にガクの目が細くなる。
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