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帰還
「おはよう、ディル。バレンの食事は美味しかった?」
本国に帰還するやいなや、ディルはミスターに呼び出された。
指令の時と同じ薄暗い部屋。
だが、ミスターの声はまるで違う若い女のものだ。
「絶品でしたよ」
と、ディルはテーブルの上に、ラッピングされた何かを置いた。
「何? これ?」
「お土産のバレンベリーですよ」
「あら、気がきくわね」
「それと、もう1つ。これもお土産です」
ディルは胸につけていたタイピンを外し、テーブルに置いた。
ディルのタイピンは特注品で中に少量の液体を保管できるつくりになっている。
「中にメルトを捕まえてあります」
「どういうことかしら?」
「僕ら諜報部員や暗殺者といった類の価値は、どれだけ上手く世間に溶け込めるかにあります。……全く、こいつは抜群に優秀に溶け込んでましたよ。まさにメルトだ」
「わからないわ。タイピンの中身は何?」
「バレンの水です」
「水? ただの?」
「そうです。バレンの水に溶け込んでいる原生のウイルス。それがメルトだ」
「ちょっと待って? でもそれじゃ、バレンの国民は皆殺されちゃうわ」
「そうはならない。こいつのおかげですよ」
と、ディルはバレンベリーを指した。
「こいつには抗ウイルス成分があるようで、こいつと平行して摂取すれば問題ないみたいです。水だけで生活しようとしたら、殺される。メルトはそういうウイルスなんですよ。……水だけでやり過ごそうとしていた優秀なスパイだけが殺されるわけだ」
「なるほどね。臓器の溶解がウイルスの効果なら、毒性は検出されないわけよね。ありがとう、ディル。このお土産、詳しく調べてみるわ」
「お願いします」
「お疲れ様。少し休暇をあげる。次の指令まで、ゆっくり休みなさい」
「そうですね。少しばかり日常を満喫してみますよ」
ディルはドアを開けて歩き出す。
まるで光に溶け込むように、その姿はすぐに見えなくなった。
(了)
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