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「わあっ、口に入れた瞬間に溶けちゃいました~!」
テレビのお姉さんが「高級マグロ」を食べて、そう言った。
ウソだ、そんなわけないじゃん。だってマグロってお魚でしょ。お魚はとけない。……食べたことないけど、たぶんぜったいウソだ。
心の中でそう毒づいてみたが、自分の心までは騙せなかった。
ほんとうかな、ぼくも食べてみたい。マグロって、どんなあじなんだろう。
そんな気持ちはぼくの体を動かして、ついには冷蔵庫の中へと手を伸ばしていた。その中でもとびきり赤い切り身を一切れだけ摘んで、自分の手のひらに乗せた。
たぶんこれがマグロ。あんまりいっぱい食べると母ちゃんにバレるから、これだけ。すんすん。においはあんまりしない。
ぱくっ。
一思いに口に含んだ。そして何度か噛んだのち、少年の表情はみるみるうちに苦渋のものへと変わっていった。吐き出すことも咀嚼することも出来ずにいた少年は、それを勢いよく飲み込むことを選んだ。
まずい。くさいしおいしくない。それにとけなかった。あのおねえさんはやっぱりうそつきだ。
そんなことを思いながら水道の蛇口を捻り、お気に入りの黄色いコップに水を注いだ。舌を滑る水が、いつもより有難いものに感じた。
コップを片手にリビングに戻り、テレビを見ていると、風呂上がりの母ちゃんが廊下を歩く音がした。やがて母ちゃんの足音は冷蔵庫の前で止まり、次に冷蔵庫が開かれる音が聞こえた。どうかばれませんように。ぼくの頭の中はそればっかりで、テレビなんか目に映っていなかった。
「翔太!マグロ食べた!?」
僕の方へ駆け寄りながら大声でそう聞く母ちゃん。胸が痛んだ。その問いにぼくが何も答えずにいると、母ちゃんがぼくの腕を取ってまじまじと見始めた。
ぼくの腕に、ぼつぼつができていた。
なんだこれ、きもちわるい。こわい。なんか、かゆい。
「翔太はアレルギーだから、マグロは食べられないの!」
アレルギー?食べちゃダメ?母ちゃんの言っていることがわからない。
よくわからないけど、ぼくも、食べたい……
僕の意識は、そこで途切れてしまった。
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