猫、はしる

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「間抜けめ」  むしろ口をついたのはサバトラを誹る言葉だった。  ウスノロの飼い猫の分際で夜に外を出歩いたりするからこのような目に合うのだ。野生を忘れた飼い猫は、おとなしく人間の膝の上でぬくぬくと暮らしていればいいものを。  2匹の攻防を眺めながら「それにしても」と白猫は独り()ちる。 「今回は相手が悪いな」  眼下でサバトラがじわじわと路地の奥に追い詰められて行くのがよくわかった。サバトラが知っているかわからないが、その先は袋小路なのだ。このまま行けば確実にサバトラは逃げる先を失う事になる。  だが、それよりも気になるのは犬の動きだ。  犬はサバトラを捕まえられそうな所まで追いついても、あえて手を出さなかったり、手加減したりして大きな怪我を()わせぬようにしているように見えるのだ。 「……遊んでやがる」  白猫は忌々しげに吐き捨てた。  業腹な事に、あの犬はサバトラを(なぶ)るのを楽しんでいるのだ。  猟犬の中には狩りを楽しむタイプの犬がいるという。すぐに追いついて噛み殺せば一瞬だろうに、わざわざ路地の奥の袋小路まで誘導しようというのだから筋金入りだろう。  白猫は屋根伝いに通り過ぎた2匹を追った。  サバトラを助けに行くわけではない。  もちろん同胞の死に様を見物する趣味があるわけではないけれど。  あの2匹の攻防を見届けなければならない理由が、白猫にはあるのだ。
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