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猫、ねむる
『……日、午後7時頃、T県逆衣町の民家で6歳の少女が遺体で発見されました。通報したのは近所に住む女性で、発見したのは駆け付けた警察官との事。発見当時、玄関前で昏睡していた少女の兄(16)は強く頭を打っている様でしたが軽症。警察は少年が事件に深く関わっているとし、回復を待って事情を聴く予定です。……』
無機質な人間の声が薄くて四角い板から流れてくる。
少女の膝の上で撫でられていたテツは、すっかりおざなりになった少女の手にうにゃうにゃと抗議しながら、そう言えばこの機械は“テレビ”というのだとシキが教えてくれたなあ、と思い出した。正直に言って、テツには成長した“すまあとふぉん”にしか思えなかったのだが全然違うらしい。
テレビには見覚えのある館が映し出されていた。黄色いテープであちこちを囲まれて、どうしてなのか所々ぼやけているが、間違いない。この板の中にあるのは、先日テツが行ったあの館だ。
テツは犬に追いかけられた時の事を思い出して身体を震わせるが、振り払うように頭を振った。
(もう怖くないぞ! 事件は終わったんだから)
そうして撫でるのをやめてしまった少女を見上げると、少女は鬼気迫った表情で“すまあとふぉん”を向き合っていた。
(ご主人ったら、こうなると長いんだよなあ)
テツは不満気に「ご主人!」と呼ぶが相手にされない。
すっかり不貞腐れてしまったテツは、ゴロリと横になる。
思い返すのは昨日の夜の猫集会だ。
「――以上で今日は解散!」
凛と放たれたお涼の声で、猫たちはそれぞれの住処へと戻っていく。その表情は一様に晴れやかであった。少し時間はかかったものの、下町の猫たちを脅かしていた元凶はなくなったと、ボスであるお涼の口から事件の収束が知らされたのだから当然だ。
事件解決を告げて肩の荷が降りた様な穏やかな表情をしているお涼の隣には、普段は決して集会の輪の中には加わらないザジの姿がある。
お涼は事件のあらましを語るのに、テツとシキ、そしてザジの尽力も余すことなく伝えた。その結果、テツ達3匹は、縄張りの猫達から一目置かれる存在になったのだ。今までザジが縄張りの中をうろつく事を快く思わなかった猫も、彼の事を群れの仲間として認めている。
当の本猫であるザジは「柄じゃない」と旅猫を続けるつもりでいるようだが、照れ隠しも多分に含まれている様だから満更でもないのではないかというのが、テツとお涼の見立てだ。恐らく今までよりも、帰って来る頻度は多くなるだろう。
その代わりではないが、テツとシキは外へ出るのが難しくなってしまいそうだった。ザジを連れって帰った日を境に、少女がテツとシキが定期的に外へ出かけている事に気が付いて警戒するようになったためだ。今では茶室の躙り口にも気づかれてしまい、がっちりと封鎖されてしまっている。
それを見て逆に闘志を燃やしたのは意外にもシキの方だった。彼女は屋敷内を隅々まで歩き回り、日夜新しい抜け道を見つけては、少女の悲鳴をあげさせている。
それを聞いたザジは「やるじゃねえか」とカラカラと笑った後、
「暇な時は会いに行ってやるから、あんまり心配かけてやるなよ」
とテツの耳の後ろを優しく撫でてくれた。
うふふ、とテツは嬉しくなって寝転がりながら笑う。
(やっぱり平和が1番だな)
テツのすぐ傍では蒼い顔をした少女が、同級生、それも先日一緒に過ごした友人が事件に巻き込まれた事を知って情報収集に勤しんでいるのだが、そんな事は猫には関係ない。
少年がどうして猫の手を集めたのかも、どうして女の子を殺さなければならなかったのかも、猫の預かり知らぬ話であった。
彼らにとって重要なのは下町に平穏が訪れたという事。
仔猫が烏に襲われる事も、町を歩いただけで犬に殺される事もない。
仲良し猫が近くにいてくれて、暖かい寝床と美味しいご飯が約束されている。
(頑張って良かった)
そう思いながら、テツは寝ころんだまま大きく伸びをする。
目を閉じてうつらうつらと微睡みながら、もにゅもにゅと呑気な寝言を漏らすのだった。
ごろごろにゃあ。
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