けだものたちの宴

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 ザジと、彼に飛び掛かられたシキがこんころりと白黒の団子みたいになって畳に転がる。楽しそうだと「交ぜて~!」と声をあげながら便乗するのはふわふわの茶色だ。瞬く間ににゃふにゃふみいみいと声をあげる奇妙なおまんじゅうが完成した。 『……くん、こっち』  襖の隙間から聞こえてきた声に、3匹はぴた、と動きを止める。この屋敷に住む少女の声に交じって、知らない人間の声が聞こえてきたからだ。 『丸井さん家って本当に立派だね。びっくりしちゃった』 『古いだけだよ~』  少女の声より少しだけ低く感じる声だ。  その声に釣られるように、3匹は襖の隙間から首だけ出して廊下の様子を伺う。  廊下の突き当りにある茶室からまっすぐ伸びた廊下の先。普段、シキが少女と暮らしている部屋の前に、見知らぬ人間が立っていた。  それは少女と同じくらいの年頃の少年だった。短く刈り込んだ黒髪と、うっすら日焼けした肌が健康的で、笑みを浮かべると眩しい白い歯がちらりと覗く。少女よりも頭半分ほど高い身丈を、黒い学ランで包んでいた。 『歴史があるって言うんだよ』 『そうかなぁ。そんな風に言ってもらえると嬉しいや』  歯を見せて笑う少年に少女は頬を染めてはにかむ。  そのまま2人は部屋の中に消えて行った。 「知らない人がご主人の部屋に」 「ご主人の“仲良し”なのかな?」  愕然とした様子でシキが呟き、テツは無邪気に首を傾げる。その様子を眠たげに眺めながら、「番じゃねーの?」と放たれたザジの言葉に、2匹はぎょっと目を剥いた。 「そんな! ご主人に番なんてまだ早いわ!」 「そうだよ、僕たちが認めないぞ!」 「人間はガキだって番を作れんだよ」 「そんな……」  テツが声を震わせる。シキと顔を見合わせ、意を決したように頷く。そして襖をすばやく通り抜けると、揃って少女の部屋に向けて駆け出すのだった。 「ライバルは“すまあとふぉん”だけで十分だよーっ」 「……“すまあとふぉん”?」  聞きなれない単語にザジは首を傾げる。どうやら弟分はしばらく会わないうちに、おかしな名前のライバルが出来ていたらしい。何のライバルなのかはさっぱり見当もつかないが。  ザジは開け放たれた襖を見て呆れたように目を細め、大きな隙間を悠々と通り抜けた。  テツとシキはぴったり閉じられたドアの前に2匹はひったりと耳を寄せて、中の様子を伺っていた。 『私のオススメはこれと、これかなぁ』 『あ、この作者の本は読んだことがあるよ。“孵化”ってやつ』 『それも面白いよねぇ』  ドアを隔てて2人の話す声と、何かを取り出したり置いたりしているような物音が聞こえる。人間の言葉のわからないテツに、 「ね、ご主人なんて言ってる?」  そわそわと尋ねられたシキは、「む~」と唸りながら眉間の皺を深くした。 「多分、本の話してるわ」 「“ほん”?」 「紙の束だ。人間の文字がたくさん書いてあるやつ」  テツの疑問に答えたのは遅れて歩いて来たザジだった。 「人間社会のルールが書いてあったり、寝物語が書いてあったり色々な使い方があるんだと」 「ザジは野良なのに人間の事に詳しいよねぇ」  テツが感心して頷くと「母さんが元々飼い猫だったんだよ」とザジが吐き捨てる。 「俺が生まれる前の話だから良くは知らねえが、死にかけのナナフシみたいな爺さんと暮らしてた時期があったんだと。言葉も文字もそこで覚えたっつってた」 「ザジが人間嫌いなのはその頃の事が原因?」 「生まれる前だっての」 「あ、そっか」 「嫌いなモンに理由なんてねえ。あいつらの大半は危ないんだから当然だろ」 「そうかなあ?」 「……ま、お前らのご主人は悪かねえと思ってるぜ」  気まずげに視線を逸らすザジに、テツは「えへへ、そっかあ」と嬉しそうに頭をすり寄せた。 「ちょっと、静かにして!」  抗議するような声がふみゃあと響いた。  びくり、と身を竦ませた2匹を冷たく一瞥して、シキは再度ドアの向こうに意識を集中させる。 『今度うちに来る時に返すよ』 『ほんと? じゃあまた来週ね』 『うん、また』  そんな2人の声が何故だか先ほどよりも近くに聞こえた。  それが何故なのか考えが及ぶ前に、ドアが無機質な音を立てて口を開く。油断していたシキとテツは突然の出来事にすっかり驚いてしまって、近くで背中をの毛を逆立てているザジに身を寄せた。 『あ、猫』  ドアから覗いた少年の顔が、わずかに(かし)いで瞬きを数回。その背後で「シキちゃんたち来てるの?」と少女の駆け寄る足音がする。 『丸井さんが猫好きなの知ってたけど、3匹も飼ってるんだ。いいなあ』 『白い子は最近保護したの。喧嘩したみたいで』 『へえ、やんちゃさんだ』  優し気な笑みを浮かべた少年は、3匹を眺めながら『うちの妹が猫好きでさ』とぼやく。 『よく手を握って遊んでる』 『肉球はね~、触りたくなるよね~。うちの子は触らしてくれないけど!』 『そうなの?』  前触れもなく少年が腰を折る。 『出待ちするくらい懐いてるのに?』  そう言いながらテツの頭に手を伸ばした時だ。 「触んな!」  フギャーッと全身を逆立てたザジが甲高く叫んだ。耳まで裂けんばかりに唇を引き、鋭い白い歯の羅列を見せつける。  肩をいからせて荒い警告音を立てるザジに驚いて、少年は反射で手を引っ込める。 「逃げろ!」  ザジの叫び声を号令に、3匹は茶室に向かって逃げ出した。
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