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館の外装は見た目こそ古いが、そのために足場と成り得る頑丈な装飾は多い。ザジを先頭に難なく屋根まで駆け上がった3匹は、まんべんなく苔色に染まった黒い屋根の上をぐるりと見まわす。
「あそこからなら入れそうだな」
ザジが見つけたのは2階窓に備え付けられた、小さなバルコニーだ。風が吹くと白いカーテンが外側に膨らんでいるのが見え、窓がわずかに開いている事がわかる。
「お涼さんも此処を通ったのかな」
「……かもな」
窓の隙間をすり抜けながら発せられたテツの言葉に、ザジは背中越しに応える。鼻を鳴らしても、この館の中はむせ返るほどの死臭が立ち込めており、とてもお涼の匂いをかぎ分ける事などできない。
部屋は小さな正方形の部屋で、落ち着いた薄い桃色のカーペットが敷いてあった。窓のすぐ近くにどっしりと腰を据えたベッドの上には、同系色の掛け布団が渦巻き状にかき混ぜられている。壁際に並べられた白い足つきのタンスには、テツを同じくらいの大きさの人形が、仲良く1列に腰かけていた。
「人間の子どもの部屋かしら」
シキが部屋の主がいない事を確認しながらぼやく。
「よくわかるな」
「大人の人間が住むには少し部屋が狭いから、なんとなく」
「なんとなく、ねェ」
シキは何でもないように言うが、ザジのような毛の先まで野良でできているような猫にとって、彼女の考え方はまるで理解が出来ないものだ。ザジは彼女のこういう部分を今更ながらとても頼もしく思う。人間の生活に関する知識に基づいた機転や推測は、ザジには到底できるものではないからだ。
「何よぅ」
つん、と口を尖らすシキに「いや?」と笑みを零す。
「頼りにしてるって事さ」
「なにそれ」
シキが、ふっと噴き出した。
「今更気づいても遅いのよ」
「そりゃ悪かった」
苦笑するザジの背中に、テツが「僕は? 僕は?」と纏わりつく。ザジは微笑みながら、「もちろん」と頷き返し、
「3年早ぇ」
「えー!」
意地の悪い笑顔を浮かべたザジに、テツは不満そうな声をあげた。
「シキばっかりずるいよ~!」
「はっはっはっ」
テツの抗議を笑い飛ばして部屋の奥に進む。
この部屋には外に繋がるらしい扉が1つあった。木製の扉で、金色のつるりとしたドアノブが付いている。ドアの下の方には、ペット用の押し扉が備え付けてあった。猫や小型犬用の扉よりもずっと大きいものだ。
その大きさは、3匹にあの黒くて大きな犬を連想させた。
ぞくり、と嫌な汗が滲んでくるのを感じて思わず足を止めてしまう。テツは嫌な考えを振り払うように首を振った。こんな所で立ち止まっている場合ではない。
ザジ、そしてシキと順に視線を突き合わせ、揃って頷く。
「行こう」
緊張した面持ちのまま、3匹は押し扉をくぐった。
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