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猫、はしる
ある秋の事だ。
月の光の届かぬ新月の夜。
心もとない星々の瞬きとコオロギの鳴き声が何とも寂しい、ひんやりとした静かな夜だ。そのまま静かに明けるはずの闇に包まれた町中を、1匹の猫が駆けていた。
灰色のサバトラ柄の身体の大きな猫。
鋭い双眸は糸のように細く伸びあがった瞳孔によって縦に割れ、皺の寄った鼻の頭も相まって彼の身にのっぴきならない事態が起きている事を如実に表している。
その後ろに迫るのは、1匹の黒い犬だ。
平均よりも体の大きいはずのサバトラを3匹並べても叶わぬ程に大きい。長いもじゃもじゃとした毛皮と、太く頑丈そうな前足が、大きな犬をより大きく見せている。
犬は体の大きさにしては早く走れるようで、荒い息を吐きながらもサバトラの背中を捉えて離さない。
そんな彼らの様子を遠くから眺める影があった。
もう使われていない2階建てのコンクリート造りの建物の屋上に鎮座して、事の成り行きを見据えている。
雪のように白い毛を持つ紅い瞳をした猫だった。
自分と同じ猫が追われているというのにその瞳はどこまでも平坦で、助けに行こうとするような素振りは見えない。
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