5、雨のち曇り

1/1
9人が本棚に入れています
本棚に追加
/30ページ

5、雨のち曇り

今日も朝から雨が降っていた。アスファルトや建物などに雨の打つ音が響き渡り、気持ちよく寝ていた人にとっては、(うる)さ過ぎる目覚ましとして捉えるだろう。私もその内の一人でもある。 重音だらけのオーケストラにより目覚めた私は、開口一番にこう呟いた。 「………まーた雨が降ってる」 目覚めの悪い朝に舌打ちをし、会社に行かなくてはならない使命感が私の背中を強く押してくる。嫌々な気分のままゆっくりと体を起こした。私が雨を嫌う理由は、雨の日に傘を差しながら通勤するのが億劫だから。 毎朝通勤している人の気持ちも考えないで、ひたすら雨水を流し続けるお天気さんやい。ホントにその性格なんとかしてくれないかな。 と、心の声が天気に届いた所で通じるわけがなかった。 「はあ………、怠い」 大きく溜め息を吐いた。今日も『会社行きたくない病』が発生しそうだ。しばらくボーッとしていたらまた溜め息を吐いてしまった。 昨日はビール2缶を空けただけで食事もせず、ウトウトしてたらそのままベッドにダイブして就寝した。 頭痛も治まったし、大丈夫そうだね。………着替えよ。 いいかげん位置を変えたいベッドから降りて、欠伸をしながら洗面所へ向かった。髪をとかし、歯ブラシを済ましてスーツに着替え、それからファンデーションを塗って終わり。 化粧をする時間を多めに取らないのは、睡眠時間をちょっとでも長くしようと考えているため。化粧に力を入れるよりも寝る時間を優先したいのだ。もしも化粧する時間がない時は、電車の中で済ます事も考えている。 「よっしゃ、今日も頑張ろう」 朝から気合を入れ直し、忘れものがないかを念入りにチェックした。 スマフォも財布もカバンに入れた、鍵も持った、よし。 ドアを開けて外に出た瞬間、まるで嵐のような天候に目を疑った。 「うげぇ、マジで最悪………」 行きたくないなー。 部屋に引き返そうかと思ったけど、着替えて準備も整ったし、今更引き下がるわけにもいかなかった。折角気合を入れ直してやる気が出てきたのに、また優鬱(ゆううつ)な気分に戻った。仕方なく傘を持って私は部屋を出ていった。 通勤ラッシュを乗り越えて、駅近くのコンビニで今日はたまごサンドイッチと午後の紅茶を購入した。顔馴染みになった若い女性店員が、 「今日もお仕事頑張ってください」 と笑顔で声をかけてくれた。 「ありがとう、行ってきます」 その言葉が嬉しくて、通勤の際はいつもここに通っている。たまにお喋りもするが、今日はちょっと忙しそうなのでやめておいた。 最初は声をかけてきた事にびっくりしたけど、今じゃその言葉が支えになっていた。某都内の人混みが絶えない駅で、唯一の癒しポイントだ。 私の働いている会社は、この店を出てからひたすら真っすぐ突き進むと見えてくる。傘を広げて、強風に煽られながら人の大群をすり抜けていった。 最初は人とぶつかったりしてペコペコと頭を下げていた毎日だったけど、今じゃすっかり人とぶつからずに済んでいる。これも都会に慣れてきた証拠だろうと、誇らしげに思ったりしている。 そして会社にたどり着いた途端、再び気分がガクッと落ちた。 ああ、帰りたい。 目的地に着いたら安心するのが定番だが、それが会社となると話は別になる。 そうだ、愛実に何て謝ろう。『昨日は言い過ぎちゃった、ごめんね』、でいいかな。もっと心を込めないとまたグチグチうるさく言ってきそうだなぁ。どうしよう………。 謝罪の弁を考えながら肩についた雨水を払い、傘を畳んで事務所へ向かった。 「おはようございます」 「おはよう」 「はようございまーっす」 「ういーっす」 社内の人達と挨拶を交わしつつ、デスクへと歩を進める。席について腰を下ろし、コンビニ袋からたまごサンドイッチと午後の紅茶を取り出した。 袋を開けてたまごサンドをひと口齧り、噛んで細かくなったたまごがしっかりと歯と歯の間に挟まれる。毎度の事なのでもう気にならなかった。 しかしご飯を食べてる時の幸せな気分は訪れず、美味しいけどいつも食べてるものだから飽き飽きしているのだろう。私の頭はいつも簡潔で、浅はかな考え方をする。 だけど今更になって他のやつにすればよかったと気が変わり、なんともめんどくさい性格である。 お腹が空いてるのは確かなので、文句を口に出さずもぐもぐと食べ続けた。そう言えば昨日はビールだけしか飲んでない事に気が付いたのは、サンドイッチが最後のひとかけらになった時だった。そもそもここ最近は、まともな食事さえとれていなかった。 これいつか死ぬな私。 最後のひとかけらになったたまごサンドを食べて、ペットボトルの蓋を開けて紅茶を飲み始めたら、口の中がたまごサンドと紅茶で喧嘩し始めた。 今の私の気持ちを嘲笑しているかのように思えて、今後二度とたまごサンドと紅茶の組み合わせはしないと心にそう決めた。何も満たさなかった食事にやや不満を抱きつつ、バッグからスマフォを取り出してLINEを起動した。 ちなみにバッグは昨日、乾燥機で無理やり乾かした。血迷ったやり方に思えるけど、乾けばなんでもいいのだ。トークをタップし、武内りょうとのやり取りをしばし眺めた。
/30ページ

最初のコメントを投稿しよう!