6、曇り

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6、曇り

―――昨夜。 『この度は大変失礼な文章を送ってしまい、誠に申し訳ございませんでした。不快にさせてしまったと思います。深く心からお詫びを申し上げます。本当に申し訳ございません』 今までとは文章がまるっきり変わっていた事に驚きを隠せず、この人はまた別人、もしくは二重人格ではないかと疑心暗鬼に陥った。 誰? 今まで変なLINEを送ってきた人じゃない気がする。気のせいかな? 急に改まってこられるとこちらも対応に困ってしまう。返事は送りたいけど、まだ気持ちの整理が出来なかった。 もしかして今までのは私を試すための策略。上手く掌に転がせて遊んでいたのかもしれない。 とさえ思い始めた。頭の中で答えを導くための螺旋階段がひたすら続き、しかし上がっても上がっても出口がない苦しさからうなり声を上げた。メッセージを直ぐ送るか、それともよく考えた後で送るかしばし悩んだ。 どうしよう………。もしこの人の策略だとしたら、直ぐには返事送らない方がいいかもしれない。 少し待って様子を窺って見るのもありかな。でも返事遅らせると、相手が我慢できずにまた返事送ってきそうだな。いやぁ、でもどうだろう………。 もしかしたら悪い人では………、いや、今までのはラリッてたのかも。変な薬でおかしくなってたんじゃないかな。 またそんな事を思うから、冷たい風が吹いた時のように背筋がゾッとした。余計な事を考えて、自身を恐怖に陥れるバカなんているわけないだろう。いや、ここにいる。 「ああ、やだなんか怖いどうしよう………、うわぁ悩む!」 考えが上手くまとまらず、優柔不断になる。予想外のメッセージが送られてくると、それに対する返事に難しく考え過ぎて、返信が遅れてしまうのは昔からよくあった。 大した事のない問題でも難しく考え過ぎて、結局答えが出るのに時間がかかるのと同じ感覚だ。 そして悩んだ末、ようやく決心がついた。メッセージを打ち込んで送信した。 すると、一分も待たずして相手からの返信が届いた。内容を確認し、私も相手に待たせないよう直ぐに返事を送った。 そのやり取りを何回か行っていくと、驚くべき結果へと繋がった。 『謝っていただけるのであれば、こちらもお許しします。これ以上変なメッセージを送らないと約束してください。しかし気になった点があるので、ちょっと質問してもよろしいですか?』 『どうぞ』 『あなたとLINEを交換した覚えがないと思うんですけど、どうして私のIDをご存じなんですか? もしかしてアカウント名を変えた高校の同級生とかですか?』 『はい、あなたと僕の妻は、同級生だと伺っています。今回の件について話すと長くなりますが、簡単に説明しますと、もともとこのケータイ自体が妻のものなんです。 妻がケータイを新しく買い換えた際、この古いケータイを解約せず、そのまま放置していました。しかしある時私達の息子が、古い方のケータイを勝手に使っていた事に気付いたのです。そして今に至ります』 『なるほど、そういう事だったんですね。ぶしつけな質問かもしれませんが、念のため息子さんのお名前と年齢を教えてください』 『年齢は3歳で、名前は『りょう』と言います』 『3歳でここまでケータイを使えるなんて凄いです!」 『私も驚きました。まだ3歳だからと侮っていたのがダメだったようです。しっかりと子供を見るべきでした。こんな嘘のような話と、私の軽い説明で信用していただけましたでしょうか?』 『はい、あなたを信じます。私自身が言うのもなんですが、私は優しいので今回の件は大目に見ます。最初は何かのいたずらかと思ってすごい怖かったですし、通報しようかとも思いました。でも今の話を聞いて、3歳の息子さんがイタズラしたとわかったら安心しました』 『本当に怖がらせてしまい申し訳ありません。このイタズラをきっかけに、こちらのケータイを解約させます。なので二度とこのような事は起きませんのでご安心ください』 『わかりました。今後も息子さんがまたいたずらしないように見張っていてくださいね。(笑) 私からの質問は以上です。質問に答えていただきありがとうございました。それと家族全員が幸せな日々を過ごせるよう心から願っています!』 『わかりました。注意深く見張っておきます!(笑) とても嬉しいお言葉を頂きありがとうございます。この度は、本当に失礼なメッセージを送ってしまった事を深くお詫び申し上げると同時に、今後このような事がないよう反省します。そちらもお元気でお過ごしください。それでは』 「あー、やっと終わった」 スマフォをテーブルに置いた途端、どっと疲れが増した。初対面の人の対応は、いつも心身ともに疲弊してしまう。 それにしてもまさか三歳の子とLINEをしてたなんて………。今時の小さい子はここまでLINEを使いこなせるんだ。 想像しただけで思わずプッと笑みがこぼれた。時代の流れは恐ろしく思うけど、未来の子供達の成長を感じるとなんだかんだ胸がときめいた。 「いやー、これで『謎のLINEアカウント事件』も一件らくちゃ………」 ハッとした私はもう一度スマフォを手に取った。武内りょうのLINEトークを開いて、今まで以上に素早くメッセージを打ち込んだ。 しまった。肝心な事を聞いていなかった! 『申し訳ありませんがもうひとつ質問を伺ってもよろしいですか? 奥さんのお名前を教えてください。念のため確認したいのです』 送信してまた返事を待った。
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