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10、強雨
「直ちゃん!?」
大きく開けた口を咄嗟に手で押えた。彼女はデニムのジャケットを着こなし、下はベージュのロングスカートを穿いていた。また肩に背負うリュックが今時の女性っぽさを表していて、全体的に良いファッションだと感じた。
「オッスオッス、ご無沙汰!」
直ちゃんは開口一番、陽気な挨拶を一発かました。私は驚きすぎて、口に手を押さえたまま返事を返せなかった。
「あれ?
おーい、優ちゃんどうしたの?」
気にかけてくれるが、私はフリーズしたまま声を出す事が出来ない。ウェイトレスは私達を交互に見ているが、明らかにどう対応していいかわからず困っていた。
「………ハッ、ごめんなんでもない。久しぶりだね」
ようやく声は出せたが驚きすぎてしばらく息が荒くなり、呼吸困難に陥りかけた。今だったら、陸に打ち上げられた魚の気持ちがなんとなくわかるような気がした。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫。ごめんね………」
久しぶりの再会を良い感じに迎えたかったのに、初っ端からこれはないだろう。
変な空気にさせた事と、直ちゃんに心配かけた事の恥ずかしさによりキュッと胸が締め付けられた。
「なになに本当に大丈夫?」
直ちゃんはリュックを下ろし席へと座った。その影にもう一人、小さい子も倣って隣に座るのを見た途端、目を見開かせながらその子を凝視した。
あれっ、まさか!?
ウェイトレスは苦笑しながら呼び出しボタンを手差し、
「メニューお決まりになりましたらそちらのボタンを押してお呼びください」
と言った。
「あっ、じゃあ私アイスコーヒーひとつと…、『りょう』は何飲みたい?」
「りんごじゅーす」
照れながら答える姿がとても愛らしく、抱きしめたい感情さえ芽生えた。
「私もアイスコーヒーひとつ」
「かしこまりました。少々お待ち下さいませ」
丁寧なお辞儀をして去っていくウェイトレスに目も向けず、私はさぞ珍しい生き物を見るような眼差しでりょうくんを見つめた。するとりょうくんは両手でテーブルをバンッ、バンッと叩き始めた。
「りょう、ちょっとうるさいよ」
しかし叩くのを止めない。気が立っているのだろうか。
「りんごじゅーすまだー?」
「もうちょっとで来るからおとなしくしてなさい」
「やだーっ」
直ちゃんが注意しても、りょうくんは駄々をこねてばかりで治まる気配はなかった。無邪気でまだマナーをよく知らない子共を見ていると、幼い頃の私と重なり合い、古い記憶が蘇ってくる。
あの時の母親の気持ちを考えたら、本当に子育てって大変なんだなとつくづくそう思った。しかし今は、もう一つ別の理由で感慨深い気持ちになっている。
そっかぁ、この子がそうだったんだ………。
私は胸に手を当てて、心に溜め込んだ思いが一気に膨れ上がり、そして盛大に爆発を起こした。
きゃーっ、可愛いーっ!
心の中で大きく叫び散らかした。
「ほらりょう、ユーチューブでも見てなさい」
直ちゃんがりょうくんにスマフォを渡すと、その子は慣れた手つきでスマフォのYouTubアプリをタップしていた。
それを目の当たりにし、『謎のLINEアカウント事件』がこれではっきりした。瓦礫で塞がれた道が、綺麗さっぱりと片づけられたように心がスッキリとし、思わず笑みがこぼれた。
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