11、弱雨

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11、弱雨

四年ぶりに聞いた彼女の声。溌剌と明るく振る舞う彼女の姿。仕事や子育てで忙しいはずなのに、疲れを全く感じさせない所に凄さを感じた。 「なんか久しぶりだよね!」 「いやホントに久しぶりだから!」 「いつ以来だっけ?」 「私が最後に直ちゃんに会ったのは、ケーキを食べに渋谷へ行った時だから………、約四年ぶりだね」 「うっそー、そんなになるっけ!?」 大金を耳にしたような驚き方だ。その大袈裟に驚く場面も昔と変わってなくて安心した。 よかった、いつもの直ちゃんだ。 ここ四年間でもしかしたら性格も変わっているんじゃないかと心配していたが、見た感じそんな事はなかった。 直ちゃんはりょうくんの頭を撫で始めた。母が子を撫でる光景は珍しくないはずなのに、それが直ちゃんだとすごく新鮮さを感じる。 「そっかぁ、もう四年になるんだ。時が経つのは早いねー。私まだ二十四だけど、なんか随分と歳をとったって感じ。あーあ、人生ってあっという間に過ぎていくんだろうなあ、これからも………」 しんみりとした雰囲気に危うく呑み込まれそうになったが、一つだけ間違っている点があるので、間髪入れずに指摘した。 「おいおい、さり気なく何サバ読みしてんの。もう二十八でしょ」 「えっ、いや私、にじゅう………」 「私が二十八なんだから、同級生のあなたも同じ二十八でしょ」 「ちぇっ、バレたか」 舌を出して誤魔化す姿も相変わらずだ。 「当たり前でしょ、高校からの付き合いなんだから。ってか何で私の前で堂々とサバ読みなんかするのよ」 「えー、だってさ、まだまだ若く見られたいじゃない。優ちゃんだってそう思うでしょう?」 「うん、まあそうだけど………」 「でもなんか二十歳を超えた辺りから歳をとるのがホント早く感じちゃってさ、それが嫌で嫌でサバ読みしてるの」 苦笑するしかなかった。 「そういう事ね。でも確かに十代とかは時間なんて長く感じてた」 「でしょ? だから私思ったの。若く見られたいのならまずは実年齢から変えてみようって」 「何その発想」 「洗脳させるのよ。自分はまだ二十四、二十四って。そうすれば皺やたるみもまだ若々しく保てると思うの」 すごい極端な考え方だ。こんな思いつきな発想は誰でもできると思うけど、それを実際やっている人を見るのは初めてで、ある意味感心した。 「へ、へーそう」 「………なんか薄いねリアクションが」 そりゃそうだ。こんなのどう反応すればいいかわかるわけがない。 「まあ、頑張って………」 「うわっ、今変な人って思ったでしょ。もういいよ、勝手にやるから私」 些細な事でツンと機嫌を損ねる所も、何処か懐かしさを感じた。歳をとるに連れ、口調や風貌も皆それぞれ変わってくるが、今この場の私達は特に何も変わっていない気がした。 高校を卒業し、社会人になった今でもいつも通りの私と直ちゃんだった。 おっと、いけないいけない。昔を懐かしんでる場合じゃなかった。 ここで本題に入るべく、私はコホンと咳ばらいをして気持ちを整えた。 「あのさ直ちゃん、ちょっと聞きたい事があるんだけど」 「うん、どうしたの?」 何もわかっていない顔をしている。 「えっと、まずその子なんだけど………」 りょうくんに視線を向けると、直ちゃんは手を叩いて笑い出した。 「あっ、そうか忘れてた。まだ紹介すらしてなかったよね、ごめんね。はーいりょうくん、ほら自分で自己紹介してごらん」 りょうくんはスマホから目を離し、 「なーにー?」 と母親に問いかけた。そのキョトンとした姿に魅了され、私はここで悶え死んでもいいとさえ思った。 あー、もう可愛い。 よく見ると、目元は母親似だった。 「ほら、あっちのお姉さんに挨拶してごらん」 「はーい」 良いお返事だ。 りょうくんは満面の笑みで私の方に顔を向けた。心を射抜かれそうになるほど、とても素敵な笑顔だった。推しのアイドルにでも会ったかのようにうっとりしながら、私は手を軽く振った。 「こんにちは」 「こんにちは!」 元気よく返事をしてくれたりょうくんに、胸がキュンキュンしてしまう。日頃から挨拶の仕方をしっかりと覚えさせている事が見てわかる。 「いいお返事、いい子だねえ」 「ほら自分のお名前言ってごらん、何て言うの?」 「りょう!」 「へー、りょうくんて言うんだ。初めまして、あれ初めましてだっけ? そう言えば………、私にLINEしてくれたんだよね。その説はどうもお世話になりました。優子です」 子供に対してこんな説明をした自分が恥ずかしい。するとそれを聞いていた直ちゃんが突然大爆笑し始め、店内に彼女の甲高い笑い声が響いた。手をパチパチと叩き、涙も浮かべてとても面白がっている。 「笑い過ぎだからあなた」 そもそもあなた達夫婦の不注意から始まったんだからね! 強い視線を直ちゃんに向けた。 「ごめんね、ホントごめん。思い出した、そう言えばそうだったね………」 「おい。まあいいや、もう解決したし水に流す。というか今の旦那さんはいつから出会ってたの?」 直ちゃんからの返答はない。肩を上下に震えさせて、お腹も抱えながら笑いを堪えるのに必死のようだった。 「ねえ、聞いてる?」 「ごめん、ちょっと待って………、笑い過ぎてお腹痛………」 こりゃダメだ、落ち着くまで待つ事にしよう。
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