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3、雨一時曇り
私は書類作成を終えるため、パソコンの画面から目を離さずにいた。しかしそれでも手がスマフォを掴んでいるのは、脳シグナルが勝手な判断を行ってしまったためだ。
自分の意思が強く出ているのがまるわかりである。スマフォ画面をパッと見て、通知がまだ来ない事に肩を落とした。
まーだ来ないか………。一体どんな返事を送ってくるんだろう。というか君はホントに誰なんだい?
早く解決してスッキリしたいのに、そうやって焦らすのはマジでやめてほしいんだけど………。
別にイライラしているわけではない。今この感情を表すならば、ドキドキ感とワクワク感が上手に混じる感じである。青春時代を経験したあの場面と似ており、恐怖を忘れてちょっとだけ楽しくなっていた。
そしてスマフォを置いて、再びパソコンの画面に顔を向けた。
数分後。キーボードを打つ手が止まり、また無意識にスマフォを手に取った。サイレントモードに設定しているため、スマフォから一切音は出ないので、間隔を開けて通知が来ていないか再度確認した。
音が出ない事をいい事に、仕事中でもスマフォばかり見てしまう。今更そんな事を気にしていても仕方がないし、とりあえず上司にバレなければいいのだ。なんてダメ人間な私。
まだ来てないかあ………。ホントに諦めたのかな。でもそれならそれでいいか。その方が気に留めなくて済むし、こっちも構ってる暇なんてないからね。
またスマフォを置いて作業に取り掛かった。そしてまた数分おきにスマフォを手にとっては確認し、通知が届いてなかったらまた作業に戻る。
構ってる暇なんてないとは何だったのか。
来たかな? 来てない………。もう来たでしょ? 来てない………。そろそろ来て………、なーい。
何回も同じ行動をして飽きないのかというくらい繰り返した。ここまでするほど、相手への執着心が強いのだろう。
しかしこんな事ばかりしていては仕事が疎かになってしまいそうなので、ここいらで一旦止めて仕事に集中する事にした。そろそろ上司にバレる描写が頭を過ぎった事も一理ある。
時刻は午後七時を過ぎた。その時間を過ぎた頃には私はデスクに突っ伏して、魂が抜けたように疲れ切っていた。誰も聞いていまいと、小声でぶつぶつと文句を言い始めた。
「なんなのホントに。全然返事来ないし、そっちから返事しといてさー。もう何考えてんだかわからないよ。おかげでろくに仕事も集中できなかったし、もうやだ疲れた………」
それと三時間程前、私の心情を察してくれたのだろうか、声をかけてくれた方達もいた。
「あなた大丈夫、何かあったの?
体調悪いなら早退してもいいのよ」
「どうした、具合悪いならそんな無理するな。無理して体調崩したら元も子もないからな」
「おかしな動きしていたけど、もしかして肩こり?
俺が揉んであげようか」
一人セクハラしようとした人は置いといて、皆私の事を心配してくれたのは嬉しかった。
優しい人達なのはありがたいのだが、社内に変な噂が広がってしまいそうなのがちょっと心配ではある。サボっている事がバレていないだけ、まだマシな方だと思っておこう。
もういいや、帰ろう。なんか自分のやってる事が恥ずかしくなってきたなあ、今更だけど………。
気付いてももう手遅れなのは知っていた。
こんな愚かな私には、『明日からまた切り替えればいい精神』がやってくる事を待ち望む他なかった。すると背後から溜め息を吐く声が聞こえたが、そのねっとりしたような吐息で直ぐに誰だかわかった。
顔を上げて振り向くと、思った通り愛実だった。彼女は仁王立し、疲労感たっぷりの私に向かって追い打ちをかけるように口を尖らせた。
「なーにやってんだか全く、いつまでしょぼくれてんのよ。もういい加減ほっとけばいいのそんな奴」
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