5人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
母の話
大学から帰ると母がソファーで溶けていた。
溶けた――というのは、わたしが勝手に名付けた状態であり実際に溶けているわけではない。
母は普段つけている分厚いメガネを外して、ソファーで仰向けになり視線を宙にさまよわせている。
ただそれだけなのだが、この状態の母はかなり危うい。
神経をむき出しにして無防備にさらした状態であり、塩をかけられたナメクジよりも弱く、枯れた花よりも脆く、赤い朝日を前にした吸血鬼のように儚い。
儚い。「人」に「夢」を添えて儚い。
まさに母にぴったりの言葉だ。
ここでわたしがテレビをつけてニュースをみたとしよう、殺人や虐待、イジメといった悲しい報道に過呼吸を起こし3日ほど寝込んでしまうのだ。難儀なことである。
感覚そのものの存在となった母にとって、この世界は残酷で冷たく重たすぎるのだ。
娘であるわたしから見て、溶けたと、人の形を保っていられないほどに。
わたしは思案した。少しお腹がすいていたからだ。
荷物を自室に置き、お茶とお菓子を用意する。
お茶はハーブティーがいい。香りがいいのが特に。
脳裡にちらつくのは先日買ったハーブティーとマドレーヌだ。
最初のコメントを投稿しよう!