母の話 

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 茶箪笥からパッケージに桜と輪切りのオレンジのイラストが描かれたハーブティーを取り出し、さらに下の引き出しからは、ビニールで梱包されたマドレーヌを。  今日はこれでいいだろう。  ガラス製のポッドを取り出してさらさらとハーブティーの茶葉を入れる。原形をとどめていないドライハーブとしおれた桜の花びら、細かくカットされたオレンジのドライフルーツがポッドの底でうずくまる。  柔らかな香りに全身が緩むのを感じた。桜特有のまったりとした甘さを感じる香りと、すっきりとしたオレンジの香りの相性は抜群だ。  お湯を注げばうずくまっていた茶葉たちが、たちまちポッドの中で踊りだす。わずかに鮮やかさをとりもどしたオレンジに、頼りなく漂う桜の白い花びら。水族館の魚群のごとく舞うハーブの茶葉。  ちんっ。と、レンジの音がした。マドレーヌを温めたからだ。塩味のきいたバターの香りがした。 「ん……」  母の呻く声ともぞもぞと動く気配にわたしは声をかける。 「お母さん、お茶にする?」 「んんん……」  明瞭な返答ではないが意思は伝わった。  この部屋にたゆたうハーブティーの香り。  桜特有のまったりとした甘さ。  すっきりとしたオレンジの香り。  マドレーヌの塩味のきいたバターの香り。  母はそれらの香りをしばらく楽しみたいらしい。  わたしは目を伏せて茶こし越しにカップにハーブティーを注ぐ。カップにたまっていく澄んだ琥珀の液体。そして対称的に茶こしにたまっていく茶色く変色した茶葉のカス。無残にちぎれた桜の花びらを見つけて、口元がこわばるのを感じた。  わかっている。  だから、わたしはこの時間を大切にしようとしているのだ。
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