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1 フォンデュで本番
私的で二人切りで会っている時には、仕事の話はしない。と言い出したのは意外にも糸川の方だった。
公私混同を避けるとは、新人のくせにプロフェッショナル意識は高いヤツだ。と小野寺は痛く感心したものだが、当の糸川が語った理由は、
「だって、どうしたって顕には敵わないじゃん」
という、実に子供っぽいものだった。
それは単純に、勤務実績のことを言っているのか、・・・将又素質そのもののことを言っているのか、判じ得ない小野寺はただただ苦笑する。
文字通り口を尖らせて言う糸川の姿に頬を緩ませた小野寺は、つい手元を滑らせてチーズフォンデュの鍋の中へとバゲットの欠けらを落としてしまった。
今日、三月十四日に一番近い土曜日のランチに小野寺が作ったのは、チーズフォンデュだった。
陶製のフォンデュ鍋などと小じゃれたモノは持っていない小野寺は、一人分の土鍋で代用した。
溶かすだけの市販の素に、風味を出す為のおろしたパルミジャーノレジャーノ、つまり粉チーズと白ワインとを加える。
当然、長い専用のフォークもないので、普通のを使った。
見た目はアレだが、なかなかどうして美味しく出来たと独り悦に入っていた小野寺だったが、糸川は一口大に切ったソーセージや茹でたうずらの卵、エビなど、ブロッコリーや人参、せめてプチトマトも食え!と嘆きたくなるような具材ばかりを選んで食べている。
そんな糸川が、
「あっ!」
と、突然声を上げた。
「どうした?」
驚く小野寺の目の前に、見る間に糸川の顔が近付いてきて、視界を奪った。
重ねられた糸川の唇は当然チーズの味がしたが、自分も食べているので小野寺は気にならなかった。
「・・・食事中だろ?」
行儀が悪い。とつい、言い掛けた口を小野寺は手の甲で拭った。
小言めいたことを言いたくなるのは、やはり年齢が倍離れているせいだとは思いたくなかった。
そんな小野寺がフォンデュ鍋に落としたバゲットの欠けらを、糸川は器用にフォークを操りのびるチーズを絡め引き上げる。
そして、頬張り平然と言い放った。
「顕がいけないんだよ」
「おれが?何故?」
テーブルに肘をつき、フォークの先をひらひらとさせながら糸川は、首をかしげる小野寺へと「解説」をした。
「パン、落としたから。フォンデュ鍋に具を落としたら罰ゲームとして、一気飲みとかキスしなきゃいけないんだって」
「へぇーよく知ってるな」
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