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糸川は目を覚まして数秒後にやっと、自分が寝てしまったことに気が付いた。
自分が寝ているベッドはごく普通のシングルで、どこにも持ち主である小野寺の姿はなかった。
ほとんど考えもなく起き上がり、さっき脱ぎ捨てたバスローブをはおり、小野寺の寝室を出る。
広めとはいえ単身者向けの集合住宅だったので、小野寺の姿はすぐに見付かった。
キッチンに居た。シンクの上にはワインのボトルとグラスとが乗っていた。
「起きたか?腹減ってるならリゾットを作るが」
「うん。・・・顕、体は大丈夫?」
しおしおと、色いろなところをしおらせたが如く大人しい糸川に、小野寺は思わず笑い出しそうになったが、何とか堪えた。
大人げないと思ったからだった。
「大丈夫だ。誰かさんが痛くないようにやってくれたから」
「よかったぁ・・・安心したぁー」
今度こそ、小野寺は笑いを堪えることが出来なかった。
ごまかすようにワインを口にする。
案の定、糸川の視線は白ワインを満たしたグラスへと吸い寄せられた。
小野寺がグラスを糸川へと向ける。
「飲むか?さっきのチーズフォンデュにも入れてみた。デア ノイエ。ドイツのだ」
アルコールは火が入ると飛んでしまうし、そもそも大量には入れないから当たり前なのだが、ワインの味はまるで感じなかった。と糸川は思う。
だから、気になって小野寺へと尋ねてみた。
「へぇーどんな味?」
「おまえみたいな味だ」
「え・・・?」
更に糸川が気になるような答えを、小野寺は返し続けた。
「新酒だからさぞかし甘いのだろうと思っていたら、意外としっかりしていて辛口。スッキリと酸味もあって、とにかくバランスがいい」
「・・・それってつまり、とても美味しいってこと?」
ワインのことじゃなくて、おれのことを言ってるんだよね?とは、さすがの?糸川も面と向かっては、小野寺に確かめられない。
「飲んでみれば分かるさ」
そう言った小野寺はグラスの中身をあおり、糸川へと口付けた。
不意に飲まされた白ワインを、それでも糸川は飲み下す。
「ぬるくても美味しい」
グラスの残りのを飲んだ小野寺の唇へと、糸川は口付けだけを返した。
終
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