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しかし、気楽なボクと違い、彼には家庭があった。――なんどか会ったことが在るが、彼女には感情というものが有るのかな? と心配になるほど、異常に大人しくて、無口な奥さん。その奥さんに良く似た、小学校2、3年生ぐらいの長男。顔も、くしゃくしゃのクセ毛も、いつもヘラヘラと笑っている表情も山ちゃんそっくりな、ようやく歩けるようになった次男。
同じようなタイプでも、ボクはまだ若く、責任を持たなければいけない物なんて何もなかった。彼は、もう若くなく、なんとか家庭を維持しなくてはいけなかった。もしかしたら、彼はボクのことが羨ましかったんじゃないかな。そんなことを思う。
彼はボクのようにフラフラとしている分けにはいかなかった。
家で山ちゃんと、ボクの母親と、母の彼氏。3人で酒を飲んでいたことがある。酒を飲むと、いつものことだったが、その内に、母と彼氏が口論を始める。面倒くさくなった山ちゃんは、「避難させてくれ」とボクの部屋へ入ってきたことがある。
山ちゃんは程よく酔っ払っていた。
彼は部屋にあったアコースティックギターを見つけると、「昔、フォークをやっていた」といい、ギターをいじりだした。
夜中だったので、音を心配したが、そんな心配必要なく、彼はまともな音を鳴らせなかった。
「ダメだ。むかしは弾けたのに……。10年も20年も弾いてないから、指が動かないや……」
そんなことを言っていた。別に寂しそうではなかったが、なんだか恥ずかしそうだった。
「お邪魔したね」そう言って、立ち上がった山ちゃんのズボンに、米粒が沢山こびり付いているのにボクは気づいた。
どうでもいい事だが、そんなことを覚えている。
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