右腕の時計

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 その後、長年飲食の仕事をしていた経験のある知人に誘われて、前記した居酒屋の共同経営を始めた。オープンの日に、一度だけボクはこの店に行き、そこで隣り合わせた席に居た3人組と会話を交わすうちに、利き腕の話になったのだ。  小さな店なので、居酒屋の共同経営者といっても、山ちゃんはオーナーとして経営や金勘定のことにだけ頭を使っていればいい分けではなく、ウェイターとして、せっせと働いていた。もう一人の経営者が、調理の担当だった。  しかし、元々仕事をバリバリ頑張るというタイプではなく、おまけにまったくの未経験で、いい年をして飲食の仕事を始めた彼は、これもすぐに音を上げだしたらしい。  飲食業の大変さは、ボクも知っているし、山ちゃんに関しては、もう一人の経営者にいいように利用された。話を聞く限りそんな印象を受けた。  細々とだが、なんとかやっていた事務所が潰れ、向かない肉体労働をし、それに耐えれずに、上手いこと口車に乗せられて、なれない仕事に手を出した。対等であるはずの共同経営者だが相手との間に主従関係が出来ていた。それは、その仕事に対しての経験だけでなく、山ちゃんの性格、相手の性格も大いに関係しているように思われた。 (バカなヤツめ! 自ら金まで出して逃げ道を塞いで、こき使われる立場になるなんて!)彼は、じっと耐えるべき時に、下手に動いた。それも自分の守備範囲の外に。そんな風に冷たくも思うが、少なからず、ボクは彼に対して親近感を持っていた。それは、仕事というものに対しての、意気地のなさ、それよりも、出来るだけ趣味の時間を作って本を読んだり、音楽を聴いたりという事に人生の充実を満たすタイプという共通したところから来るように思う。
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