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坂をおりて、外回りの「山の手ベルト」に乗る。
堀部大学までは11駅相当なので時間短縮のために中央へと歩いて行き、風防付きの座席に腰を下ろした。
1分足らずで品川駅エリアを通過する。
かつて電車のJR山手線があった場所には、環状の「山の手ベルト」が形成されていた。
電車とは違い駅ごとに停止することがないため、滑らかに一定の速度で進む。
風除けを流れる風の音を除けば、騒音も発生しない。
ベルトはナノマシン混合の微細な粒子を帯状に形成したもので、川の流れのように一定方向に流れて上に乗る人や物を高速で輸送する仕組みだ。
速度は中央部分が最も速く、時速30キロメートル。
川の流れのように、両端に行くにしたがって徐々に速度が緩やかとなり、外縁部は人の歩く程度の速さで進むように設計されていた。
透明な屋根で覆われたベルトには、駅に限らず沿線のどこからでも徒歩で乗り込むことが可能だ。
ここには黒い巨人開発の基礎技術が利用されている。
表面の荷重に合わせて瞬時にその部分を硬化する技術、中央に行くにつれ次第に流体の速度を早める技術、いずれも黒い巨人を動かすのと根幹は同じものだ。
工学部で環境工学を専攻している小太郎は当然、立体空間における微粒子制御の基礎理論に関して十分に理解していた。
だが空気中の塵や汚染物質などの微小物質を金属と同程度の高密度に凝縮させ、立体的な人型に成形して、さらに人のような動きをさせるほど高度な技術理論は、彼の理解の範囲を超えている。
小太郎は溜め息をついた。
黒い巨人計画の開発責任者、松戸教授は一から理論を組み立てたそうだ。
恨みつらみを忘れることはできないが、比類ない天才であることだけは認めざるを得ない。
気がつくと、ブレイス・ターミナルが振動していた。
梨花からのメッセージだ。
― 小太郎発見! そこへ行くから、待ってて。
渋谷駅の乗り換え用ホームを彼女が駆け寄ってきた。
ベルトの一歩手前で立ち止まり、おはようコタちゃん、と彼に手を振る。
「コタちゃんって呼ぶのやめろよ」
彼女に伯母と同じ呼び方でからかわれても、以前ほど嫌だとは思わなくなった。
梨花を迎えにベルトの端まで歩きつつ、ほほを緩める。
右のひじを差し出すと、梨花の両手が添えられた。
身体の一部が触れ合っているだけで、嬉しくなってしまうのはどうしてだろう。
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