7人が本棚に入れています
本棚に追加
/49ページ
彼女を促して、時速15キロメートル程度の中速帯に設置されたベンチに腰掛ける。
「さっき大太郎から連絡があってさ、今夜は関東でも空が荒れるんだって」
梨花は返事をせずに、空を見上げた。
小太郎も顔を上げたが、雨を降らせそうな雲は見当たらない。
あのさ、と話題を変えてみる。
「山の手ベルトは粒子を二次元平面上で同一方向に動かしているけど、黒い巨人は三次元の動きが必要だろ。どうやっているのかな。同じ技術だとは言っても、それこそ次元が違うよな」
梨花が右手の人差し指を立てた。
「粒子を高速で移動させる技術、粒子の凝縮と拡散を瞬時に行う技術、そういった基礎技術は全く同じ。さらに人の遺伝情報をインストールして、炭素や金属粒子で骨格や擬似筋肉、神経伝達系を構築すれば、人型のロボットを動かすことが可能になる……理論上はね」
そんなに単純なものではないだろうと言い返すと、梨花は指を左右に振った。
「遺伝子の中から人を形づくる情報を取り出したり、内部組織を微小物質とナノマシンで構築したり、黒い巨人に関連する技術の中でも比較的単純な分野だって知っているでしょう?」
「僕の専攻は環境工学だから、ロボット工学は専門外だよ」
「じゃあなんで、その話題を振ってきたのかな」
梨花は両手を彼の二の腕に置くと、「考えすぎじゃない?」と肩をすくめた。
彼女の顔が台地の上に茂る樹木の方へ向く。
気がつけば彼らは目白駅エリアに近づいていた。
手を繋いでベルトを下りると、遮る物のない陽光が直接、彼の目を射る。
現代日本の澄み渡った青い空は、大気中の微小物質を集めて黒い壁にすることにより得られているものだ。
キャンパスに入ると、木漏れ日が地面に光の模様を描き出していた。
風で梢が揺れ、光の玉が踊る。
小太郎は目を細め、頭上を覆う木々の隙間からのぞく五月晴れの空を見上げた。
最初のコメントを投稿しよう!